初めに光があった。
光は人と共にあった。
光は人と交わした絆を尊んだ。
しかし人はそれを拒んだ。
一部の光の使者は光の上に立とうとし、
後に影となったが、
それは光に打ち勝てなかった。
そこで影は別のものに目を向けた。
それは光がもっとも尊ぶものであった。
光の使者と影は「アウター」と呼ばれ、彼らは自らの力を地に宿した。
光の力は「ヒカ」、影の力は「ゲカ」と呼ばれ、アウターに遠く及ばないものの、
人にとっては驚異的な力だった。
この二つのアウターの力はあらゆるものを侵し、憑かれたものを、「アウタレス」と呼んだ。
ヒカは人の心の中にある聖を照らし、ゲカは闇を照らす。
アウターは殆ど干渉する事なく、ただ人の経緯を見てきた。
そして人はアウターの力を利用し、翻弄され、各々の生を歩んでいた。
これは人が光の力と影の力を技術利用し、翻弄される新時代の物語である。
-第1話-
ウキン国東アイノス市駐留軍反乱分子西アイノス強襲事件の1年前、4月17日水曜日。ジュポ国西の海域でトビウオ型のゲカアウタレスが複数確認された。早速研究チームが海域に向かい、アウタレスの生態調査を開始した。アウタレスは近海で獲れるトビウオに類似し危険性は無かったが、レベル1で約2%のゲカ濃度を持っていた。やがて研究チームはアウタレスの死骸も発見し、研究所に持ち帰って調査した。するとアウタレスの体内から産業廃棄物が検出され、アウタレスが生息する海域でも同様の成分が検出された。この事はマスメディアで取り上げられ環境省に問い合わせが殺到したが、大臣は記者会見で詳しい情報は無く現在調査中であると答えた。その後環境省は海域の除染を開始する事を発表し、計画の中にはアウタレスの駆除も含まれていた。
政府が海域の除染作業の準備を進める中、ある情報が飛び込んできた。5月23日木曜日、海域の汚染状況が記載された報告書が外部に流出したのだ。報告書の作成日時はトビウオ型ゲカアウタレスの初観測より1ヶ月も前であり、環境省宛てであった。更には産業廃棄物を流出させた当事者として大企業の名前までもが載っていた。つまりこの報告書の内容が全て事実だとすると、環境省は産業廃棄物の存在を知りつつもその事実を公表せず、大企業の失態を隠していた事になる。その後環境大臣が情報漏えいを防ぐために行った手回しや別件の疑惑が徐々に浮上し始めた。この事実に国民は政府に対し不快感をあらわにした。
6月7日火曜日、トビウオ型ゲカアウタレスに関する抗議活動を行っていた市民グループがアウタレスの保護団体を設立し、トビウオ型ゲカアウタレスに関する報道は以前より数を増していった。この問題に対して著名人が意見を述べる機会が増え、国民の関心は少しずつ高まっていった。
アウタレス保護団体はトビウオ型ゲカアウタレスのドキュメンタリー映画を製作し、10月3日木曜日から公開を始めた。この映画は大きな反響を呼び、弱者であるアウタレスと悪者の政府という構図が国民の多くに広まっていった。政府に対する批難が続き、ついには環境大臣が辞任に追い込まれた。新たな環境大臣が任命されたが、大臣は国民やメディアの声に押されるままアウタレスを保護する方針を打ち出した。アウタレスを保護する前に入念な調査をするべきだと声を上げる者もいたが、影響はあまりなかった。国会にて早速トビウオ型ゲカアウタレス保護法案が作成され審議入りしたが、議員の多くはこれにすんなりと賛成した。議員達は国民の間で流れる政府への怒りに触れ、支持率を落とす事を恐れていた。更に一部の議員は保護法案を管理する委員会の創設や、海域封鎖によって生まれる利益欲しさにこの法案に賛成票を投じていた。
こうして11月29日金曜日、トビウオ型ゲカアウタレス保護法案が可決され、その後執行された。アウタレスが生息する汚染された海域は立ち入り禁止になり、アウタレスは人の手から守られた。
トビウオ型ゲカアウタレス保護法が執行されて後、保護海域には誰一人近付かなかったため、辺りは静けさを保っていた。ところが翌年の1月11日土曜日、保護海域周辺で不審船が確認された。以来周辺海域では次々と不審船が現れるようになっていた。不審船の正体は漁師や賞金稼ぎ達が乗る密漁船だった。保護海域に誰も近寄らない事を逆手に取り、彼等は希少価値の高いトビウオ型ゲカアウタレスを密漁していたのだ。この事実は案の定国民の怒りを買い、ジュポ国政府は対応に迫られた。
-第1話~ジュポ国のトビウオ型ゲカアウタレス~
1月16日木曜日、トビウオ型ゲカアウタレス保護海域に出没する密漁船に対し、ジュポ国政府は警戒態勢を敷いた。初めは湾岸警備隊が海域の警戒に当たっていたが、人手が足らず後に海軍やPMC、民間軍事会社にも協力要請が発せられた。要請を受けた民間軍事会社の中に、ある賞金稼ぎがいた。ナンコウ・カイ。28歳の男性、ジュポ国出身。元海軍のフライトパワードアーマー乗りだ。コールサインは「FLEMI11(フレミー11)」、以前は「HARMI11(ハーミー11)」。彼は准尉で海軍を除隊している。
カイの元同僚で海軍大尉であるカタシ・サオも任務で保護海域を訪れていた。彼女も28歳でジュポ国出身、更にフライトパワードアーマー乗りである。コールサインは「HARMI12(ハーミー12)」。
サオとカイの付き合いは長く、海軍時代も2人で行動する事が多かった。しかし軍上層部と度々揉めていたカイはサオに黙って除隊し、サオはその事を未だ根に持っていた。彼が除隊の事を黙っていたのは、それに対してサオが何らかの行動に出る事をカイは知っていたからである。案の定、カイの除隊を知ったサオは上層部に掛け合ったが、既に手遅れだった。サオに気を使ったとはいえ、彼女がカイの除隊に不満を持っている事には変わらなかった。二人は海域警備の任務中や港町での食事中でもよく口論になっていたが、なんだかんだ仲の良い二人は一緒にいる事が相変わらず多かった。
2月15日土曜日、海域の警備を行っていた各隊に突如緊急通信が入ってきた。内容は保護海域付近に現れた密漁船がアウタレスに襲われているとの報告だった。カイはPMCの武装船の中を走り、愛用のカスタムパワードアーマー(PA)に乗り込んだ。
PMCのクルーが彼のPAにフライトユニットや火器の取り付け点検を行い、フライトユニットのエンジンが回る。船に備え付けられたフライトデッキからは既に無人機や小型航空機が離陸を始めていた。カイのPAがフライトデッキに誘導され、エンジンの回転数が上がっていく。
「こちらブリッジ、フレミー11、発進どうぞ。」
オペレーターにカイは軽く手を振り、彼のPAは急加速後一気にフライトデッキから飛び立った。同時刻、海軍の駆逐艦で待機していたサオもフライトユニットを装備したカスタムPAに搭乗し、直ちに発進した。フライトPAで飛行中のカイとサオは道中合流し、自然に海軍時代と同じ様にサオがカイの後方に就き、二人は編隊を組んだ。やがて各部隊が現場に到着し、カイとサオは逃げる密漁船を視界に捉えた。ボロボロになりながらも、密漁船は何かから逃げるように全速力で航行していた。船の甲板では武装した乗組員が海中に向かって銃を乱射していた。次の瞬間、海中から黒い怪物が飛び出してきた。それは翼の様な巨大なヒレを広げ、飛行を始めた。
「なんだあれは!?」
その怪物を確認した海軍やPMCの面々は皆衝撃を受けた。面影はあるものの、それは過去に報告されたトビウオ型ゲカアウタレスと姿や大きさが違っていた。発見された当時、体長は従来のトビウオと差異は無かったものが、今では人の身長を軽く超えていた。更に当時は大人しく、人間に危害を加える様子は見られなかった。余りの変貌ぶりに当時を知る者達は別の個体なのではという疑いを持った。
海中から飛び出したトビウオ型はしばらく飛行を続け、一気に密漁船に体当たりした。密漁船の船体の一部が吹き飛び、船はなんとか逃げ切ろうと必死だった。乗組員の放った銃弾はトビウオ型の硬い頭部に弾かれ、彼等は厳しい戦いを強いられていた。上空を旋回しながらサオは次の命令を待ち続け、予想以上の危機的状況にカイは焦りを見せる。
「早く援護しねぇとあの船沈むぞ。」
「分かってる。でも交戦許可がまだ下りていない。」
「これだからお役所仕事は・・・」
現場の状況は既に政府に報告され、海軍は政府の判断を待っていた。何故ならトビウオ型ゲカアウタレスは保護対象に定められており、更に保護海域は立ち入り禁止で活動が制限されていたからである。密漁船を守るためにトビウオ型に危害を与えると後にどんな非難を受けるか分からない。政府はなかなか判断を下せずにいた。
密漁船に対するトビウオ型の攻撃は止む事無く、その衝撃で乗組員の一人が海に投げ出された。カイは瞬時に反応し、自身のPAを海面に向けて加速させた。それを見たサオは慌ててカイを追い掛ける。
「フレミー11!何をする気だ!」
「こちらフレミー11、これより救援活動を開始する。」
カイの勝手な行動に、PMC武装船の船長が声を荒げる。
「交戦許可はまだ降りていないんだぞ!勝手な事をするな!」
「アレに当てなきゃいいんだろ?脅かすだけだ。」
カイは海面に映る僅かな影を捕捉し、マシンガンを乱射した。するとトビウオ型は海中から飛び出し、空から密漁船を追った。カイは再び威嚇射撃を行い、トビウオ型の注意を引こうとした。カイの射撃には反応するものの、トビウオ型は密漁船を追い掛ける事をやめなかった。
「これじゃ駄目だ・・・こちらフレミー11、これよりトビウオ型ゲカアウタレスらしきものと交戦に入る。ハーミー12、奴のアウタレス評価を頼む。」
カイの「アウタレス評価」という言葉に、サオは閃く。
「こちらハーミー12、アウタレス評価の必要があると判断し、評価のためこれよりアウタレスに攻撃を仕掛けます。」
アウタレス評価とは、情報が少ないアウタレスの危険性や習性、能力等を簡易的に知るために行う調査である。アウタレスは人にとって脅威となる事が多く、迅速な情報収集はとても重要である。アウタレスの戦闘能力の確認も行うため、調査員自らアウタレスと意図的に交戦する機会は少なくない。サオはそこに目を付けたのだ。あらゆる能力を求められるため、調査員資格の取得は非常に難問である。アウタレス調査員の資格を持つカイとサオは一定の権限が認められているのだ。
「なるほど、それなら言い訳がつくかもな。」
感心するカイに対し、サオが叱る。
「無駄口を叩くな!・・・ハーミー12より各隊へ、我々がアウタレスの足を止めます。その間に密漁船の救助を。」
「了解した。但し政府に何言われるか分からんぞ・・・」
海軍駆逐艦艦長がそう応答すると、海軍とPMCは協力して密漁船の救助活動を開始した。その間カイとサオはトビウオ型との戦闘に入っていた。カイはトビウオ型に対しマシンガンで執拗に攻撃し、トビウオ型は怒りカイに狙いを定めた。
「よしよしやっと食い付いたな。じゃあ頼んだぜ。」
トビウオ型が自身を狙っている事が分かるとカイは姿勢を反転させ、攻撃を続けながらその場を離脱した。トビウオ型はカイを追い掛け、その後ろからサオがセンサー等を用いトビウオ型の分析を始める。
「飛行速度300km/h、体長3m・・・体重400kg・・・ゲカマテリアル80%、濃度6・・・危険度4、脅威度3ってとこか。」
「そんなもんだろうな・・・ところでコイツ、このまま放置はマズい。被害が増える前にここで仕留めるぞ、いいな?」
「結局こうなるのね・・・了解。」
サオはため息をつき、銃を構えた。回避に専念していたカイはトビウオ型に向かっていき、本格的な戦闘に入った。サオはトビウオ型の調査を続け、飛行能力の詳細を調べた。調査中、彼女はトビウオ型の腹の下部に噴射口らしき穴を確認した。そこからガスが噴き出し、トビウオ型は飛行のための推進力を得ていた。サオは複数のセンサーを用い、トビウオ型の腹付近を更に調べた。するとトビウオ型の体内に、液化した高圧ガスが納められた部位を見つけた。ガスの圧力が非常に高い事が分かり、サオはカイに叫ぶ。
「フレミー11、攻撃を中止しろ!」
「了解、何かあったのか?」
サオへの信頼もあってか、カイは直ぐに察し、銃を下げた。
「腹に高圧力のガスが溜まっている。それでヤツは長時間飛行を可能にしているんだ。爆発させると被害が増えるぞ。」
「あっぶねぇ・・・つまりガスタンクがある腹を避けろって事だな?」
「ああ、ここはやはり頭部を一撃で仕留めるのが得策だな・・・何、お前さんなら得意だろ?」
サオは一瞬笑みを浮かべ、威嚇射撃でカイを援護した。その間にカイは一気にトビウオ型と距離を取り、ブレードを構えた。トビウオ型は再びカイを追い、カイもトビウオ型目掛けて加速した。カイとトビウオ型との距離が縮まった時、カイは急上昇し、トビウオ型も後に続いた。お互い高度を上げ、速度が落ちたところでカイは反転し、トビウオ型目掛けて急降下した。そのままカイは失速中のトビウオ型の頭部を狙い、一気にブレードを振り下ろした。ブレードの攻撃は深く入り、やがてトビウオ型は絶命し海に落下していった。それをカイが見つめていると、サオはセンサーでトビウオ型の腹部の圧力が急激に上昇している事に気が付いた。
「離れろ!爆発するぞ!」
「何っ!?」
驚きながらも、カイは咄嗟に畳んであるシールドを展開し、防御姿勢を取った。そこへサオが駆けつけ、カイを守るように彼女もシールドを展開した。サオは何が何でもカイを守りたかったのだ。絶命したトビウオ型が落下中、体内ガスの圧力が限界に達し、トビウオ型は空中で大爆発を起こした。トビウオ型の破片や衝撃波をサオはシールドで受け止めたが、爆発の威力にサオとカイは衝撃を受けた。戦闘終了を示す大爆発の後、海は不気味な静けさに包まれていた。
-第1話~ジュポ国のトビウオ型ゲカアウタレス~ ~完~
ニュースの波紋
アウタレスの変化
海域調査
次回-第2話~トビウオ型ゲカアウタレスの調査~
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