-注意-
-WARNING-

「ワールド・ゲイザー」の作品には、子供に不適切な表現が含まれている可能性があります。
Works from "World Gazer" may contain content inappropriate for children.

「ワールド・ゲイザー」の作品はフィクションであり、現実とは一切関係ありません。
Works from "World Gazer" is fiction, and has nothing to do with reality.

「ワールド・ゲイザー」の作品の使用によって生じた損害に関しては一切の責任を負いません。
Will not take any responsibility to the loss occured by using the works of "World Gazer."

since 2010 2014


2015年1月31日土曜日

Experiment L.D.~エクスペリメント・エル・ディー~第3話~浮体都市地下鉄脱出計画~

-第3話-

   使えそうな物資を探すため売店に来たアルクースとスーリは、売店の奥で車椅子に乗った少女を見つけた。名をウィーライ・バオフー。チニ国出身の16歳だ。


彼女は怯えながらも二人に何者かと尋ねたが、逆に彼女が尋ねられた。

「あなた一人?」

アルクースはウィーライに銃を向けたまま話し、その間にスーリは怪しいものがないか辺りを調べた。ウィーライは恐る恐る問いに答える。

「いえ。兄が近くにいるはずです。様子を見てくると言ってここを離れていきました。」

スーリは周囲を確認し終え、アルクースに合図を送った。それを確認したアルクースはウィーライ自身を調べた。異常はないと判断したアルクースは銃を下げ、ウィーライの目線に合わせて膝を付く。

「驚かせちゃってごめんなさいね。私はアルクース・ヴァハオース。彼はスーリ・フィンゴット。私達フェンラ国出身の賞金稼ぎなの。あなたは?」

少し間を置いてウィーライが話す。

「私の名前はウィーライ・バオフー。兄はジャアティンといいます。」

「どうしてここに?」

「兄と一緒に電車を待っていたんですけど、突然不審者が人を襲い始めて・・・ここに隠れていました。兄は駅の様子を見にここを離れました。」

「彼はいつここを離れたの?」

「20分くらい前だったと思います・・・」

兄が気に掛かるのか、ウィーライの表情は暗い。アルクースは彼女の車椅子に目が留まる。

「そう・・・あなたは普段から車椅子を使っているの?」

「はい。私は足が動かないもので。」

「動力を付けてないのね。でもデザインがレトロで素敵だわ。」

ウィーライは初めて笑顔を見せる。

「ありがとうございます。動力付きも持ってはいるんです。でも私は自分の力で進みたいので、これが一番のお気に入りです。」

長居はしたくないスーリは首を捻ってアルクースに催促した。

「それは良い心がけだわ。さて、そろそろ仲間が避難している場所に戻らないと。ウィーライはどうする?私達のところに来る?避難している仲間があと二人いるけど。」

どのような危険があるか分からない。アルクースはウィーライを一人置いていく事はしたくなかった。ウィーライはその誘いに乗りたいのだが、兄が気に掛かる。

「でも兄がまだ戻っていません。」

「だったら置手紙を残しましょう。そうすれば問題ないでしょ?」

「ん~・・・」

ウィーライが考え込んでいると、アルクースの後ろに迫る影が見えた。

「だめ!」

ウィーライが叫ぶと同時に、影が鈍器を振り下ろす。アルクースはすぐさま反転し、ソードライフルで鈍器を受けながらライフルのストックを振って相手の手首を打ち、鈍器は地面に落ちた。

「くっ。」

そこには手首を押さえながらアルクースを睨みつける男がいた。

「何者だ?」

アルクースが低い声で言うと、男は口を開く。

「妹から離れろ。」

「やめて兄さん!この人は悪い人じゃないよ!」

-第3話~浮体都市地下鉄脱出計画~

   男はウィーライの兄、ジャアティン・バオフーだった。19歳である。


穏やかだったアルクースは背後から奇襲を受け、頭に血が上る寸前だった。

「いい攻撃だったが相手を間違えたな。」

「お願いします。兄は只私を守ろうとしただけなんです。」

ウィーライが懇願するも、アルクースとジャアティンは睨み合っていた。

「両手を頭に乗せて床に伏せろ。」

「妹から離れろ。」

両者は一歩も譲らない。

「いい度胸だ。口先だけで妹を守れると思うなよ・・・」

「やめてください!」

アルクースが一歩踏み出そうとすると、ウィーライは車椅子で勢いよく進み、そのまま車椅子から跳び出しアルクースの足元に倒れ込んだ。彼女はアルクースの足元に泣きながらしがみ付く。

「お願いします・・・」

「アルクース。遊んでいる時間はないぞ。」

ややこしい事に首を突っ込みたくないスーリはアルクースに警告し、彼女は舌打ちする。

「ちっ・・・妹に免じて許してやる。次やったら首を折るからな。分かったな?」

「・・・」

「分かったな?」

ジャアティンは少し冷静になり、構えた腕を下ろした。

「分かった・・・」

彼はゆっくりとウィーライの許へ歩き、彼女を抱き上げる。

「心配掛けてごめん。」

ウィーライは溜まっていた不安を涙に換え、ジャアティンの胸の中で泣いた。ジャアティンは顔を向けず、アルクースに話し掛ける。

「すまなかった・・・何人か殺した後で・・・気が動転していた・・・」

「人を殺したのは今回が初めて?」

「ああ・・・」

アルクースは少し同情し、深呼吸すると彼女の表情が和らぐ。

「なら妹を車椅子に乗せなさい。ここを出るわ。あと落とした武器もちゃんと拾って。」

「どこに行くんだ?」

「仲間のところに戻るわ。彼等にも手を出さないでちょうだいね。」

「・・・すまん。」

四人は売店を出た。

「そんな事があったんですかー。お疲れ様です~。」

「カナメ、なんだか心がこもってないぞ・・・」

「え?」

カナメの軽い言葉にアルクースは何故だか和む。売店に出掛けた二人はウィーライとジャアティンを連れて警備室に戻り、チウフェイとカナメに事情を説明した。面子は六人に増え、彼等は警備室で休みながら今後の予定を話し合った。

「人手が増えたのはいい事だが、問題は車椅子だな。」

スーリが入り口を見張りながらこう言った。ウィーライは申し訳なそうな顔をする。

「すみません。私が皆さんの負担になってしまって・・・」

「いや、そういう意味で言った訳じゃない・・・なんだよその顔は・・・」

カナメがスーリを睨みつけていた。チウフェイが疑問を投げかける。

「車椅子を押して逃げるのは駄目なのか?道がなければ車椅子を捨てて背負えば・・・」

「背負って走って、登って、跳んで、戦って・・・そんな事を繰り返して体が持つか?」

「うーん・・・」

チウフェイはスーリに反論できなかった。アルクースがそっと呟く。

「せめてロボットスーツかパワードアーマーがあればねぇ・・・」

それを聞いたジャアティンが沈黙を破る。

「パワードアーマーなら見たぞ。」

「どこで!?」

アルクースや周りにいた者も驚いた。

「倉庫に1機置いてあるのを見かけた。見たところ普段から使っている感じだったよ。」

スーリが呟く。

「運搬用のパワードアーマーか。」

「パワードスーツは見たの?」

アルクースは問い、ジャアティンは答える。

「見てないな。詳しく調べた訳じゃない。」

「一応パワードスーツがなくてもパワードアーマーを動かす事自体はできるけど、搭乗者が受ける衝撃が伝わりやすくなってしまうわ・・・でも最悪私が着ているパワードスーツを彼女に貸せば問題ないわね。サイズも合いそうだし。ウィーライ、足は生まれた時から?」

ウィーライは答える。

「いえ、幼い時事故に遭って・・・」

「なら体が歩いた頃の感覚を覚えているはず。うん、いけそうね。」

スーリが立ち上がる。

「早く取りに行こう。さっさと脱出しないと次に何が起こるか分からん。」

「そうね。じゃあまたスーリと二人で行ってくるわ。ジャアティン、場所はどこ?」

ジャアティンは真剣な眼差しでアルクースに申し出る。

「俺も行く。パワードアーマーの場所まで案内する。」

「でもねぇ・・・」

「俺には2年間の兵役がある。妹や俺の無礼の件も含めて頼む。手伝わせてくれ。」

スーリが追加のショットガンをジャアティンに手渡す。

「使い方は?」

「大丈夫だ。」

「なら大丈夫だな。では行こう。」

「チウフェイ、また彼女達をお願いね。」

アルクースは残った三人に手を振り、ウィーライは兄に一声掛ける。

「兄さんも気をつけて。」

「ああ。」

   三人は倉庫に向かう途中、スーリが何かを思い出し立ち止まり、横の通路を眺めた。

「そういえばこの先に第1レイヤーへ繋がる階段があるんじゃなかったか?」

ジャアティンがスーリに教える。

「そこはあんた等が言う動く変死体で一杯だぞ。」

「突破できそうか?」

「分からない・・・」

「パワードアーマーが通れるかも確認したい。」

「そうね。一度偵察しておきましょう。」

アルクースも同意し、三人は階段のある場所へ向かった。

   アルクース、スーリとジャアティンはしばらく進み、広場の近くにきた。広場の向こうに階段が見えたが、広場には動く変死体が多く集まっていた。共食いする個体や、腐敗して身動き取れない個体もいたが、それでも数は圧倒的であった。アルクースは二人に後退の合図を送り、静かに倉庫へと向かった。

「あの数はちょっと辛いわね。」

アルクースに続いてスーリが言う。

「ああ、しかしどの階段に向かうにも、あの広場を通らないと無理だぞ。」

「多くの人があそこを通ったせいであの動く変死体も集まったのかな・・・あった、あれだ。」

ジャアティンは倉庫を指差した。

   三人は倉庫に入り、お目当てのパワードアーマーを見つけ、辺りを物色した。アルクースは自身の手を止め、ため息を漏らす。

「はぁ、パワードスーツはないみたいね・・・しようがない、私が着ているやつを使うか。」

アルクースは物資運搬用パワードアーマーに乗り込み、機体を立ち上げた。


しかし起動プログラムにエラーが起き、機体を使用する事ができなかった。

「だから模造品は嫌いなのよ・・・」

アルクースは外付け制工脳と機体を繋ぎ、彼女が持っているドライバの中から機体に対応するものをインストールする。

「調べたけど機体そのものに異常はないわ。只制御ソフトが駄目で今入れ直しているからちょっと待ってて。全く、どうせ余計なものを一杯入れたんでしょうけど・・・」

アルクースが話し終えても、返事はなかった。

「・・・何かあった?」

間を置いてスーリが呟く。

「何かいるぞ。」

「え?」

すると動く変死体が現れ、倉庫に向かってきた。スーリは静かに対処しようとしたが、動く変死体が次第に増えていった。スーリはライフルを撃ち、ジャアティンも彼を援護する。スーリが叫ぶ。

「おい!後どれくらい掛かるんだ?」

「あと5分。」

「そんなに待てないぞ!」

動く変死体は倒されても更に増え、スーリに少しずつ迫ってきた。スーリは近くの個体を殴り飛ばし銃撃するも、複数の動く変死体に捕まった。スーリは押さえ込まれ、体中を食われたり引っかけられたりした。スーリはサイボーグであるため体は頑丈で、簡単には壊れなかった。

「気色悪りぃな!!」

スーリは抑えられながらも一体ずつ首をへし折っていった。動く変死体はジャアティンにも襲い掛かり、ジャアティンは右足を食われる。

「っがぁああああああああ!!!」

「頼むから早くしてよ・・・」

アルクースは目の前の惨劇を只見ているしかなかった。

ジャアティンは落ちていたスーリのライフルを手に取り、ショットガンと両手に持ち一気にぶっ放す。

「こっちを食えよ、このクソがぁあああ!!!」

彼の右足をかじっていた個体の頭は吹き飛び、スーリの上にいた複数の個体も弾け飛んだ。

ピーピーピー

「よし!」

システムの更新が完了し、パワードアーマーは起動した。アルクースは機体の頭部ハッチを閉め、二人のもとへ向かった。彼女はジャアティンの前にいた動く変死体を機体の腕で吹き飛ばした。いくら戦闘用ではないとはいえ、パワードアーマーの馬力に動く変死体は敵わなかった。

「ジャアティンをお願い!」

スーリは一部ボロボロになった体を引きずり、ジャアティンに近寄った。ジャアティンは足の痛みで苦しんでいた。スーリは電気コードを引っ張り、ジャアティンの右足の太股を縛り、止血した。アルクースはパワードアーマーで動く変死体を倒していき、いつの間にか新たな個体は現れなくなっていた。周囲の安全を確認したアルクースはスーリとジャアティンのところへ戻る。

「早く戻ろう。」

アルクースはパワードアーマーでジャアティンを抱え、スーリと共に警備室に帰っていった。

「兄さん!兄さんしっかりして!」

ウィーライは苦しむ兄を見て、胸が裂けそうになっていた。一刻を争う状況だったため、アルクースは何があったのかを手短に説明した。スーリは入り口を見張り、チウフェイ、アルクースとカナメは痛みで暴れるジャアティンを押さえつけていた。苦しみながらもジャアティンは懇願する。

「俺はアレに噛まれた。もう助からねぇ・・・早く俺を殺してくれ!」

「ど、どうすればいいんですか?」

カナメはジャアティンの体を押さえるので手一杯だった。

「このままじゃやばいぞ・・・」

「お願いします!兄さんを殺さないで!」

焦るアルクースの言葉に、ウィーライは更に動揺した。

「早く殺せぇ!!手遅れに・・・なる前に!」

部屋の中は騒がしくなっていた。ずっと考え込んでいたチウフェイが言う。

「足を切断しよう。」

部屋の中が一瞬静かになった。

「な、何を言っているんだ!?」

困惑するジャアティンにチウフェイが説明する。

「もし感染した部位に因って発症するまで時間差があると仮定するならば、ウィルスが体中を巡る前にウィルスがいる部位を切除する。そうすれば発症を食い止める事ができるかもしれない。」

アルクースが問う。

「その後の治療はどうするんだ?道具も薬品もないぞ?」

「第1レイヤーまで避難して救助を呼べば助かるかもしれない。」

「それまで体が持たなかったらどうするんだ?」

「それ以外の選択肢がないんだよ!」

チウフェイとアルクースが口論していると、ウィーライが覚悟を決める。

「兄さんの足を切断して下さい。」

「・・・いいんだね?」

問いかけたアルクースにウィーライは答える。

「助かる可能性が少しでもあるなら何でもします。何が起こっても私はあなた方を恨みません。」

「何言ってんだ・・・早く俺を殺してくれ・・・」

ウィーライは兄を無視し、彼の頭を押さえた。チウフェイはアルクースのソードライフルの刃を酒と火を使って消毒し、更に手頃な棒をジャアティンの口に銜えさせる。アルクースはソードライフルを手に取り申し出る。

「私がやろう。」

アルクース以外の者は全員でジャアティンを押さえつける。

「準備はいいな。いくぞ。」

アルクースはジャアティンの右足の太股目掛けて、思いっきりソードライフルを振り下ろす。

部屋中にジャアティンの悲鳴が響き渡った。

-第3話~浮体都市地下鉄脱出計画~ ~完~

か弱い意志
最後の賭け
浮体都市の混乱

次回-最終話~浮体都市電車脱線事故の謎~

2015年1月29日木曜日

Experiment L.D.~エクスペリメント・エル・ディー~第2話~動く変死体~

-第2話-

   日付が変わり脱線事故から1時間程。動く変死体の群れと遭遇した集団の一部が電車に戻ってきた。変死体を見た者達は電車に残っていた人々に状況を説明し、辺りは混乱していた。理解できず話を信じない者もいた。

「一体どういう事なの?」

不安な顔をするカナメも状況を理解できずにいた。

「ああ~・・・ゾンビだよゾンビ!ああ!二人とも中継器を繋ぐ準備をしろ。」

少々焦り気味なスーリはコードを取り出し端子を頭の横に挿した。カナメとアルクースもコードを準備し、中継器が移植された耳たぶに端子を挟んだ。スーリはそれぞれのコードを繋ぐ。

「いいか。これから映像を送るぞ。」

カナメとアルクースは頷き、スーリは先程見た光景を二人の外付け制工脳に送った。カナメの顔は次第に強張り、アルクースは最後までじっとしていた。耳たぶから端子を外したアルクースは静かに口を開く。

「こちらに向かっているの?」

「ああ。早くここから離れよう。」

そう言って線路の反対側へ向かおうとしたチウフェイをカナメが止める。

「ちょっと待って。そっちに行かないで。」

「なんでだよ?」

アルクースが説明する。

「二人がここを離れている間に奇声が聞こえたの。トンネルの向こうから。あれは人の声じゃないわ。」

「どうすりゃいいんだ・・・」

チウフェイが愚痴をこぼしていると動く変死体と戦闘していた集団の銃声が次第に近付いてきた。ここでアルクースとカナメは初めて動く変死体を目視した。カナメはショックのあまり無言になっていた。

「どうするか決めないとそろそろやばいぞ。」

スーリが焦っていると、トンネル内に放送が流れる。

「都市にいる全ての者にお伝えします。至急都市から避難して下さい。繰り返します。都市を退去してください。都市は現在危険な状況下に置かれています。慌てず速やかに都市から避難して下さい・・・」

「何が起こっているんだ・・・」

スーリが困惑するも放送は尚続く。

「・・・現在駅への通路が使用不能なため、第1レイヤーの一般道を使用して下さい。都市運営スタッフは誘ど・・・」

-第2話~動く変死体~

「冗談だろ・・・」

言葉を失うスーリにチウフェイが問いかけた。

「ここって第2レイヤーだよな?」

「ああ、事業レイヤーの中間層だ。だがここは地下鉄だぞ。出口も限られているのにどこへ行けば・・・」

動く変死体の群れは電車まで迫り、近くにいた人が襲われ始め、電車にいた人は皆散り散りに逃げた。

「ここを離れなきゃまずいわね。」

そう言いながらアルクースはソードライフルを構え動く変死体を狙撃した。その間チウフェイは脱出の糸口を模索しているとカナメが話しかけ電車の上の方を指差す。

「あれって何?」

電車から上に約3m、設備用の通路だろうか。その通路は壁沿いにホームの方へ延びていた。早速チウフェイが電車の上に登ると、通路へ繋がる梯子が届く位置にあった。

「ナイスだカナメ!ここから登れるぞ!」

チウフェイはカナメを引っ張り上げ、一行は電車の上に乗った。彼等を追いかけ、動く変死体も電車をよじ登った。中には電車に登れず地に落ちる固体もちらほらいた。まずはチウフェイ、続いてカナメ、アルクース、スーリの順に梯子に登り、通路に辿り着いた。すると通路を支える支柱の一つが壊れ、4人は体制を崩した。チウフェイが後ろを振り返るとカナメの姿はなく、アルクースが通路の端にぶら下がっていた。気付いたチウフェイとスーリはアルクースに駆け寄り、彼女を引き上げようとした。

「私にはマッスルスーツがあるから問題ない。それよりカナメが落ちたわ。」

チウフェイがアルクースの下を覗くとカナメが電車の上で倒れていた。スーリはカナメの周囲にいた動く変死体を撃ち、アルクースはマッスルスーツで勢いを付け通路に跳び登った。チウフェイはカナメに叫ぶ。

「カナメ!起きろ!」

カナメは目を覚まし、目の前に広がる光景に絶望した。

「くそ!俺が降りる!」

アルクースの後ろを横切ろうとしたチウフェイは彼女に止められる。

「よせ。二人も援護できない。」

「見捨てるつもりか!」

「だったら彼女に早く梯子まで逃げるよう説得しなさい!」

「くっ・・・」

アルクースとスーリは動く変死体を倒し、只カナメに呼びかける事しかできないチウフェイは歯がゆい思いをした。チウフェイが動く変死体を見ていると、個体差がある事に気付いた。動く変死体にはカナメを向くものとアルクース達を向くものがいた。

(カナメが見えず銃声に反応しているのか?)

そう感じたチウフェイは微かな希望を胸にアルクースの腕を掴む。

「こっちへ来い。」

「何を言っ・・・」

「いいから早く!カナメを助けるためだ!」

チウフェイに圧倒されたアルクースは不信ながらもチウフェイに付いていき、カナメから距離をおいたところで彼が止まる。

「よし。ここから撃ってくれ。」

チウフェイに返事をせず、アルクースは再び動く変死体を狙撃した。すると動く変死体数体がアルクースの足元に集まってきた。

「そいつらはいい!カナメを狙っているやつだけを撃て。」

アルクースは気になってはいたが今はそれどころではなかった。チウフェイが叫ぶ。

「カナメー!今のうちに登れー!」

チウフェイが大声で叫ぶと、動く変死体は更に足元に集まってきた。恐る恐る進むカナメはなんとか梯子まで辿り着き、梯子を登り始める。

「っ!」

突如、カナメの足を動く変死体が捉えた。カナメは止まり、身動きとれなくなっていた。カナメはあまりの恐怖に体が硬直し、尿を漏らした。尿は彼女の足を伝い、動く変死体の手に触れた。尿に気付いた動く変死体は暴れだし、そのまま電車の下に落ちた。一部始終を見ていたチウフェイが呟く。

「・・・恐水病?」

「え?」

アルクースを尻目に、我に返ったチウフェイは叫ぶ。

「今だ!登れ!」

カナメは少しずつ登り始め、スーリが彼女を引き上げた。他の動く変死体は後を追い梯子に手を掛けるが、梯子に垂れた尿に気付きこれもまた暴れ始めた。それを見ていたチウフェイにアルクースが近寄る。

「早く進もう。」

「ああ。」

   4人が進んでいると、駅の廊下に繋がる通路を見つけた。チウフェイは近くにあった資材から扱いやすい大きさのパイプを見つけ、カナメにも渡し、二人はそれを構えた。アルクースはハンドガンを抜きチウフェイに差し出す。

「使ってもいいんだぞ?」

チウフェイは首を振る。

「いきなり扱えと言われても無理だ。俺はこれでいい。」

駅の中至る所に動く変死体がいたため、4人は気付かれないよう静かに行動した。アルクースとスーリはクリアリングし、4人は駅の廊下に出た。皆が警戒していると、チウフェイは駅の地図を見つけた。彼は3人を呼んで相談する。

「階段があったぞ。エスカレーターもいけるんじゃないか?」

「よし、少し距離はあるが何とかなりそうだな。」

スーリが地図を覗いていると、カナメがアルクースの肩をちょんちょんと叩く。

「あの~。できれば服を着替えたいな~、と・・・」

カナメの物欲しそうな顔を見て、アルクースはそっと微笑む。

「そうね。食料も調達したいわ。あとできれば武器か弾薬も。」

「俺も殆ど弾切れだ。」

「だとするとここの警備室がいいんじゃないか?非常食とかあるかもな。」

チウフェイが地図を指差した。

「では早速向かいましょうか。」

アルクースは再びソードライフルを構え、4人は警備室へと向かった。

   4人が警備室の前までいくと、道を阻むように動く変死体が複数いた。

「よし、この数ならやれそうね。」

そう言うアルクースをチウフェイが引き止める。

「ちょっと待ってくれ。」

チウフェイはその辺に落ちていた床材の欠片を集めた。3人は彼を静かに見守る。するとチウフェイは手に持った欠片を動く変死体の近くに投げた。数体の動く変死体が反応し、それを確認したチウフェイは更に欠片を投げ、変死体3体が導かれるように警備室から遠ざかった。まだ警備室の前には動く変死体が2体立っていた。

「やつらは耳が聞こえないのか?」

呟くチウフェイはアルクースに話しかける

「レーザーポインターとか持ってないか?」

「ええ。ちょっと待って。」

アルクースはソードライフルに装着されたレーザーサイトを取り外し、チウフェイに手渡す。彼はそのレーザーサイトを使用し動く変死体の視界に映る壁に照射した。すると2体の動く変死体は壁に写るレーザーに反応した。

「よし。」

動く変死体はこれもまた導かれるようにその場を去った。チウフェイは試しに足場がない所にレーザーを照らす。2体の変死体は気にせず手すりをよじ登り、案の定足を滑らせて下の階に落ちた。下の階にいた動く変死体はそれに気付き、落ちてきた2体を食べ始めた。4人はその光景に驚愕した。動く変死体の落ちた音に反応し、先程去った3体の変死体が戻ってきた。アルクースとスーリは前に飛び出し、静かに3体を仕留めた。アルクースが警備室の入り口を確保し、スーリが中に突入した。しばらくして安全を確認したのか、アルクースがチウフェイとカナメに、警備室に入るよう手を振った。カナメが警備室に入り、チウフェイは警備室の前で持っていたペットボトルを取り出し、水を床にこぼし回った。

「何をしている?」

アルクースが口を開いた。

「時間稼ぎにはなるだろう。」

「どういう意味だ?」

アルクースは彼の行動が理解できなかった。

「中で話す。」

作業を終えたチウフェイは警備室に入った。アルクースも中に入り、入り口の鍵を閉めた。一段落し、4人は体を休める。アルクースは時折入り口を確認しながら近くの椅子に座り、チウフェイに問う。

「さっきのはどういう事だ?」

「狂犬病だ。」

「え?」

3人はただ黙り、チウフェイの言葉を待った。

「あの生きた死体、又はゾンビか・・・そいつらがカナメに驚いた時にピンときた。ほら、尿をもら・・・」

「もう!」

自身の恥ずかしい失態を話され、カナメはプンプンしていた。少し笑いながらもチウフェイは続ける。

「あ、ごめんごめん。でもそのおかげで気付けたんだ・・・凶暴性や興奮性。異常な食欲。噛まれたり襲われる事による感染。水に恐怖を抱く恐水病。どれも狂犬病の症状に酷似しているんだ・・・死体が変貌する様子をスーリと目撃したんだが、恐らく感染した体の部位によって発症するタイミングが変わってくるんだろう。これも狂犬病と同じだ。もしかしたら感染した部位を早めに切除すれば助かるかもしれない・・・」

「狂犬病って確か、発症したら死ぬんだよな?記録上最も致死率が高いウイルスだとか。」

スーリに続いてアルクースも問いかける。

「確かそうよ。直接は見た事ないけど、狂犬病ってあんなに酷くならないはずじゃ・・・」

「そうなんだ。狂犬病は感染から短時間で発病するものじゃない。感染から脳に到達するまで何週間も掛かるはずだ。そもそも死体が再生する事自体がおかしい・・・只分かったのは、身体機能全てを再生できる訳じゃない事だ。視覚や聴覚、足が使えない固体もいた。恐らくは基となる体の影響、あるいは腐敗によるものだろう。エネルギー補給が止まればその内朽ちるだろうが・・・でも俺達にそれまで待つ余裕がある訳じゃない・・・しかし一体なんなのだろうな。突然変異か新種のウイルスか・・・」

・・・

アルクースが沈黙を破る。

「ゲカに因る可能性は?」

「ゲカの反応は大した事なかったぞ。あれはアウタレスなんかじゃない。」

「なら狂犬病ウイルスをゲカで弄った可能性は?」

「さすがにそこまでは分からんよ。ゲカなんて人知を超えているし、俺はウイルスの専門家じゃない。」

「実は心当たりがあるの。」

「おい。」

スーリが声を出すが、アルクースが手を向け止めた。

「なんの話だ。」

「この浮体都市の第3レイヤー、産業、設備レイヤーにゲカ研究所があるのを知ってる?」

「ああ。でもそんなの珍しくもなんともないぞ?」

「実はその研究所、ゲカの生物実験、つまりゲカアウタレスの開発実験をしているという噂があるの。」

「何?」

チウフェイとカナメの顔が一変する。

「その研究所は疑惑だらけでね、浮体都市の責任者もグルなんじゃないかって噂もあるわ。そこでその色々な噂を調査する依頼を私達が引き受けたって訳・・・まぁ今は調べる余裕はないけど。」

「そうか・・・」

「ゲカが絡んでいるかは分からない。でも狂犬病が何かしら関係しているのならそれを頭に入れといた方がいいかもね。それ以上は何も分からないんだし。」

チウフェイはため息を漏らす。

「そうだな。原因が分かったところで助かる訳じゃないしな・・・話してくれてありがとう。」

「こちらこそ。」

   4人は休憩後、警備室を物色した。しかし非常食は見つからず、スーリはショットガンを見つける。

「おい。ショットガンがあったぞ。弾薬も少しある。」

アルクースが銃を受け取り、チウフェイに差し出した。

「勘弁してくれよ。」

彼は嫌がるが、アルクースも譲らない。

「操作はロボットカーより簡単よ。大丈夫、すぐ覚える。」

「人を誤射したらどうするんだ。」

「ちゃんと習えば大丈夫だって。ほら。」

「はぁ・・・」

チウフェイはアルクースの勢いに負けた。

「よし、まずはファイティングポーズを取って。」

「は?」

「早く。」

観念したチウフェイは言うとおりに腕を構えた。

「次に右足を後ろに引いて。」

チウフェイが右足を後ろに引くと、アルクースはショットガンを彼の前にかざした。

「後は銃を構えるだけ。」

「こうか?」

チウフェイはとりあえずノリで銃を構えた。

「それで完成。姿勢もいいわ。」

「おい。ちょっと待て。テキトー過ぎるだろ。もっとこう、脇を締める~とか、腕を固定する~とか色々あるだろ。」

チウフェイは不機嫌だったが、アルクースは真顔で言う。

「確かに細かい事は多いわ。でもね、いざ本番って時にそれができる自信ある?頭が真っ白になったらそんなの何の役にも立たないわよ。それどころか焦って悪化するわ。」

「まぁ、確かに・・・」

チウフェイは大人しくなった。

「それにね、ファイティングポーズにはちゃんと意味があるの。銃を撃つ時は狙った敵を殴るイメージで引き金を引いて。そうすれば無意識に体に力が入って銃の反動を抑える事ができるし、真っ直ぐ狙えるわ。」

「なる程・・・分かりやすいな。」

「まぁ、即決教育用に以前知り合いのパワードアーマー乗りに教わったんだけどね・・・あとやってはいけない禁止事項だけは絶対覚えてね。」

「おう。」

「撃つ時以外は、銃口を人に向けない、引き金に指を掛けない事。たとえ弾が入ってなくても入ってるもんだと覚える事。地面に落としただけでも暴発する危険があると頭に叩き込んでおいて。」

「なんだか怖いな。」

「実際怖いものよ。準備が完璧でも事故は起こるわ・・・あとはショットガンの操作を教える。」

「頼む。」

アルクースはその後も安全装置、装填、照準器、肩当て等の仕組みをチウフェイに教え、カナメはそれを見ていた。

   アルクースは講習を終え、部屋の奥からスーリが戻ってきた。

「食料は見つからなかったな。」

「着替えもなかったしな~・・・」

落ち込むカナメの頭を、アルクースはそっと撫でる。

「なら地図にあった売店に行ってみるか。服もあるかもね。」

スーリがライフルを手に取る。

「俺とアルクースが行く。二人はここで待機してくれ。」

「ええ~。私達を置いて行っちゃうんですか~?」

「違う。4人もいたら動きづらいだろ。それに現時点で一番安全なのはここだ。」

カナメは大人しくなり、アルクースが扉に向かう。

「チウフェイ。彼女に変な事するなよ。」

「しねぇよ。」

アルクースはニコっと微笑み、スーリと共に部屋を出た。

   アルクースとスーリは互いにバックアップしながら駅内を慎重に進み、無事売店に辿り着いた。覗いてみると、店内に陳列された食品は荒らされ、破れた袋や包装シート、食べ残しが散乱していた。

「あいつら食欲旺盛だな。」

「何でも食べるのね。」

「まぁ人間だけ食うと思っていたもんでほっとしたよ・・・」

スーリがそう呟くと二人は店の奥へ進み、クリアリングした。辺りを一通り確認し、二人は使える物資を集めた。手を付けていない食品を集めていると、アルクースは飲料類が殆ど手付かずである事に気付く。

「彼の言った事は正しかったみたいね。やっぱり水が怖いのかしら。」

「そうも言ってられんぞ。見てみろ。」

スーリが示した方には破かれたペットボトルやビンが転がっていた。

「水を恐れない固体もいるのね・・・」

「適応したのかもな。戻ったらチウフェイに伝えよう。」

   アルクースは他の品を見ていると小さな衣類コーナーを見つけた。彼女が品を手に取っていると、店の奥に人の気配を感じた。アルクースはスーリにハンドシグナルを送り、二人はゆっくりと店の奥にある扉に近付いた。そして二人は息を合わせ部屋に突入した。そこには車椅子に乗った一人の少女がいた。少女は不安で震えていた。

「あ、あの・・・どちら様ですか?」

-第2話~動く変死体~ ~完~

残された生存者
新たな課題
致命的損失

次回-第3話~浮体都市地下鉄脱出計画~

2015年1月27日火曜日

Experiment L.D.~エクスペリメント・エル・ディー~第1話~浮体都市地下鉄脱線事故~

初めに光があった。
光は人と共にあった。
光は人と交わした絆を尊んだ。
しかし人はそれを拒んだ。
一部の光の使者は光の上に立とうとし、
後に影となったが、
それは光に打ち勝てなかった。
そこで影は別のものに目を向けた。
それは光がもっとも尊ぶものであった。

光の使者と影は「アウター」と呼ばれ、彼らは自らの力を地に宿した。
光の力は「ヒカ」、影の力は「ゲカ」と呼ばれ、アウターに遠く及ばないものの、
人にとっては驚異的な力だった。
この二つのアウターの力はあらゆるものを侵し、憑かれたものを、「アウタレス」と呼んだ。
ヒカは人の心の中にある聖を照らし、ゲカは闇を照らす。

アウターは殆ど干渉する事なく、ただ人の経緯を見てきた。
そして人はアウターの力を利用し、翻弄され、各々の生を歩んでいた。


-第1話-

   開発途上国チニの東の沖合に、浮体都市(超大型浮体式構造物、メガフロート等と呼ばれている)が複数集まった浮体都市群がある。名をジィ・フードン・チュンシィ。個々の浮体都市は他の浮体都市と橋や海中トンネルで繋がっており、巨大なネットワークを有している。しかし他国の浮体都市に比べるとその出来は良質とは言えず、手抜き工事や関係者による汚職等の不祥事が頻発していた。それでも尚ジィ・フードン・チュンシィ浮体都市群は着々と経済効果を生み、世界中から人が集まるようになっていた。

   ジィ・フードン・チュンシィ浮体都市群の外側には浮体都市ジエシューがある。この浮体都市は他の浮体都市同様いくつかの浮体都市と繋がっている。その内の一つに、浮体都市スニーンがある。スニーンは浮体都市群の外れに位置する為、繋がっている浮体都市は一つのみ、浮体都市ジエシューだけである。よってスニーンへ向かうには必ずジエシューを通らなければならなかった。

   1月10日金曜日、23時20分、浮体都市ジエシューの地下鉄ホームに、一人の青年が立っていた。名をチウフェイ・C・リーヨン。男性。20歳。チニ国出身で現地の大学に通う3年生である。


彼は電車に乗り、電車はジエシューを後にし、浮体都市スニーンに向かっていた。夜遅くにも拘わらず、車内には人が多く乗車していた。浮体都市同士は橋で繋がっており、橋の下に海中トンネルがある。トンネルの中に線路が敷かれており電車はここを走る。電車から直接海中を見る事はできないが、トンネルの外に備えられたカメラからの映像をネットワーク経由にて端末や制工脳(制御型人工頭脳、サイボーグの脳、電脳ともいう)で見る事ができる。つり革に寄り掛かるチウフェイは退屈しのぎにヘッドホン型の外付け制工脳(外付け簡略式制御型人工頭脳。外付け式のサイボーグ脳。脳をサイボーグ化せずとも、脳と繋いだ中継器を体に埋め込めば使用できる。見た目や負担の関係上耳に手術する事が多い。)を使い、海中の景色を眺めていた。

・・・

「暗くてよく見えねぇ。てか気持ち悪い・・・」

彼は電車に酔った。チウフェイは映像を閉じると、横で何やら呟く声を耳にした。隣で女性が真剣な眼差しで呟いている。よく聞いてみると、企業名やら商品名が聞こえてきた。そこでチウフェイは直感し、女性に尋ねる。

「あ、失礼。一つ聞いていいかな?君もしかして明日スニーンで行われる博覧会に行く予定かな?」

「え?あ、はい。そうですけど。」

女性は少し困った表情を浮かべた。

-第1話~浮体都市地下鉄脱線事故~

   チウフェイが話し掛けた女性の名はハジ・カナメ。女性。20歳。ジュポ国出身の大学2年生だ。


困惑した彼女を前にチウフェイは自己紹介を始める。

「俺の名前はチウフェイ。チウフェイ・C・リーヨン。大学3年生だ。いや博覧会に出る企業の名前とか聞こえたからもしかして、と。」

「あ、ごめんなさい。声に出てました?私明日のために復習していたんです。」

彼女は申し訳そうに軽く頭を下げた。

「いやいやいいって。こっちも急に声掛けたし・・・て事は君も企業説明会に行く予定なの?」

「はい。あ、つまりあなたも・・・私と同じように前日入りですか?」

「そうだね。明日は道が混むだろうし。会場に着く頃にもう疲れていたら勿体無いからね。」

「そうですね。」

彼女はくすっと笑みをこぼす。

「私の名前はカナメ・ハジです。大学2年生です。」

ふと気になっていた事をチウフェイは尋ねる。

「ところでさっき復習って言ってたけど、企業情報を保存しておけば暗記する必要はないんじゃ?もしかして脳に手を加えてないとか?」

「いえ、手術してますよ。」

よく見るとカナメは耳にピアスを付けていた。外付け制工脳なのだろう。

「私は質疑応答の練習をしていたんです。」

「なるほどね。」

   23時50分、二人は打ち解け、会話が弾んでいた頃、トンネルの照明が落ちた。客がざわつき始めた時、車内アナウンスが流れた。

「お客様にお伝えします。え~、現在スニーンが停電になった模様です。本電車は予備電源にて走行しておりますので予定通り次の駅に向かいます。尚速度を落としての運行となるため予定より遅れての到着になる見込みです。ご了承下さい。繰り返します・・・」

「大丈夫かな?」

カナメは不安そうにチウフェイを向いた。

「たまにあるんだよな~・・・って事は都市の予備発電機もだめだったのかよ・・・はぁ・・・」

電車が右コーナーに差し掛かる時だった。

「きゃあああああああ!」

「なんだあのデカイの!」

「何かいたぞ!」

チウフェイ等近くの乗客が何かを目撃し、叫んだ。

「え?」

何事かとチウフェイが振り向くと、地面が大きく揺れた。多くの悲鳴の中、車体は勢いよく回り、中にいた乗客は飛ばされた。衝撃で車体は変形し、壁に火花を散らせながらコーナーに沿って電車は停止した。

   脱線事故から数分後、チウフェイは目を覚ました。点灯する照明が残っていたものの、辺りは暗かった。チウフェイは背中に何か重いものを感じた。電車の開閉扉のようだ。チウフェイが右手を動かすと、誰かの手に触れた。その手は冷たくなっていた。悔しさを噛み締め、彼が左の方を向くと、カナメの頭が目の前にあった。

「あ゛あ゛・・・」

チウフェイが恐怖で顔を歪ませると、カナメも彼と似たような表情を浮かべる。

「っ!ん?」

チウフェイは異変に気付く。

「お前・・・生きているのか?」

「う・・・うん・・・」

カナメはゆっくりと口を開き、チウフェイはそっと胸を撫で下ろす。

「はぁ・・・驚かせるなよ・・・怪我はないか?」

「平気みたい・・・そっちが怖い顔するからびっくりしちゃったじゃない。体大丈夫?」

「ああ・・・ん?」

チウフェイは彼の目の前にもう一人女性がいる事に気付いた。女性は武装していた。賞金稼ぎだろう。名をアルクース・ヴァハオース。女性。25歳。フェンラ国出身の賞金稼ぎだ。


「庇ってくれたのはありがたいけど、そろそろどいてくれないかな。」

チウフェイは再び驚いた。彼は二人の女性の上に覆いかぶさる体制を取っていた。チウフェイは肩を動かそうとしたが、まだ痛みが残っていた。

「うっ・・・あ~、せっかく両手に花なのに勿体無いかと・・・それにほら、動いたらクラッシュ症候群の危険性も・・・」

彼がテキトーな事を言っていると、彼の背中に乗った自動扉が宙に浮いた。

「そこまで元気なら大丈夫だろう。まぁ念のため診察した方が確実だが。」

見知らぬ2m近い男型のサイボーグが自動扉の残骸を除けてくれたのだ。名をスーリ・フィンゴット。25歳。フェンラ国出身の賞金稼ぎだ。


「助かる。」

アルクースはそう言った。恐らく彼女の賞金稼ぎ仲間なのだろう。スーリもまた武装していた。

チウフェイはふらつきながらもゆっくりと立ち上がった。スーリは彼に肩を貸した。

「悪いな。」

「重要な場面で女性を守るとは大したもんだぞ。」

チウフェイはアルクース、スーリはカナメに手を差し伸べ体を引き起こした。チウフェイは近くに横たわる女性を見つめた。最初に手が触れた人だった。その女性の腕の中には息子であろう子供が一緒に倒れていた。確認すると二人は既に息を引き取っていた。チウフェイは女性の方へ寄り、彼女の開いていたまぶたをそっと閉じると、隣で息苦しそうにうごめく男性がいた。チウフェイは男性に駆け寄る。

「おい、聞こえるか?しっかりしろ!落ち着いて深呼吸しろ!」

男性はチウフェイに訴えかけた。

「なんだよ・・・なんなんだよありゃあ・・・」

「おい、何言ってるんだ。頼むからちゃんと息をしろ!」

「見たかあの化け物?こっちを見てた・・・こっちを見て笑ってたんだよぉ・・・笑って・・・わらぁ・・・」

やがて男性の息は止まり、続いて心臓も止まった。

「くそっ。」

チウフェイ手馴れた手付きで蘇生を試み、アルクースは彼を補助した。二人の懸命な努力の甲斐なく、男性は息を吹き返さなかった。

「残念だったが、お前の対応は素晴らしかったぞ。」

スーリが沈黙を破り、チウフェイが言う。

「大学で少し医療を学んだからな。解剖も見学した事があるから死体は見慣れてると思ってたんだけどな・・・」

「そうか・・・とりあえず・・・このまま他の乗客の手当てもしよう。」

突然のアルクースの提案に、チウフェイは苛立ちを示す。

「何で俺が?」

「そう悪い事でもないぞ。後々金になるもしれん。」

呆れたチウフェイは落ち着きを取り戻す。

「流石は賞金稼ぎといったところか。」

アルクースが微笑む。

「私はアルクース・ヴァハオース。彼はスーリ・フィンゴット。二人ともフェンラ国の賞金稼ぎだ。仕事でここに来た。」

「俺はチウフェイ・C・リーヨン。彼女はハジ・カナメ。さっき知り合った。俺達は明日の博覧会で就職活動する予定なんだけどな。それどころじゃなくなった・・・」

「やはり駄目だ。停電の影響かどの回線も使えない。」

スーリは何度もネットワークにアクセスするも、エラーばかりが返ってきた。

0時20分、進展は無く残された乗客は落ち着きを通り越し苛立っていた。生き残った鉄道職員を問い詰めるも回線がパンク状態で、状況が分からなかった。更には時折聞こえてくる爆発音等で乗客は不安と焦りで一杯だった。

「さっきから聞こえてくるこの音はなんなの?」

カナメも周囲の異音が気になっていた。

「分からないわ。爆発音に聞こえるけど・・・都市で何があったのかしら。」

アルクースの台詞の後、トンネル内に放送が流れた。

「都市にいる全ての人に告げます。只今都市内においてテロが発生した模様です。皆さんは直ちに屋内に退去してください。これは訓練ではありません。繰り返します・・・」

衝撃的な放送を耳にし、乗客はざわめき、一部は救助を諦め自分達の足で避難を始めた。

「俺等も行ってみるか。」

スーリはアルクースを促した。

「私達で様子を見てくるから、あなた達はここで少し待ってて。必ず戻るから。」

「いや、俺も行く。代わりに誰かカナメの側にいてやってくれないか?もしテロの可能性があるならここも危険かもしれない。」

チウフェイは立ち上がり、スーリはアサルトライフルの弾倉を確認する。

「分かった。なら俺が行こう。アルクースは残ってくれ。」

「お願いするわ。」

「気をつけて。」

カナメは二人を見送った。

   0時40分、チウフェイとスーリは集団と共に近くのホームを目指していた。

「それってバズーカなのか?」

チウフェイはスーリが背負っていたスピアロケットが気になっていた。

「ロケットランチャーだ。槍も付いている。その名もスピアロケット。」

「それここでは使わないでく・・・」

チウフェイが言い終える前に、何者かの悲鳴が聞こえた。

「うわあああ!」

先頭集団で何かが起きた。皆が駆け寄ると、そこには首から血を流した死体と、肌が青く変色し異臭を放つボロボロの変死体があった。スーリが死体の近くにいた男性に問い掛ける。

「何があった?」

「この死体がいきなり動き出したんだよ!こいつの首に噛み付きやがった。俺達で殺したがこいつはもう死んじまった。なんだよこれ・・・俺達死体を殺したんだぜ・・・」

チウフェイは近くで壁に座り込む変死体を発見した。こちらも変色していて、足には引っかき傷があった。

「これってゲカとかアウタレスとかの仕業か?」

スーリはアウター感知器を見つめる。

「たまにゲカの反応があるが最高で濃度1、数値は5%程度だ。健康被害のレベルだぞ・・・そもそも死体が動くか?」

「気味が悪いな・・・」

「お~い!誰かいないか~!」

集団は声を出しながら前に進んでいった。チウフェイは警戒心から、集団の後方を歩き、スーリも彼と行動を共にした。しばらくすると悲鳴が聞こえ、先頭集団は後ろに逃げ始めた。

「どうした?」

スーリが逃げる一人を掴まえると、その男性は答える。

「死体の群れが来るぞ・・・」

男性はスーリの手を振りほどき、逃げ去った。スーリは義眼に備えられた暗視装置を使用した。すると奥で挙動のおかしい人の集団がこちらに向かってくるのが見えた。銃を所持していた者は動く変死体を撃ち始めた。悲鳴が聞こえ、チウフェイが振り向くと、先程壁に座り込んでいた変死体が動き、腕で地を這って人を襲っていた。

(こいつは足が動かないのか・・・)

そう考えながらチウフェイはスーリの手を引っ張った。

「何を・・・くっ。」

怒鳴ろうとしたスーリはチウフェイが見ていた変死体に気付き、引き金を引いた。何かを思い出したチウフェイは再びスーリの手を引っ張る。

「ちょっと来てくれ。」

「今度はなんだ?」

スーリはチウフェイについていくと、首から血を流して死んでいた男の下へ戻ってきた。先程とは違い、死体は既に変色し、更に皮膚が動いているように見えた。

「なんだこりゃあ・・・こいつもまさか!」

スーリが銃を向けると慌ててチウフェイが彼を止めた。

「おい。何する気だ。」

「いいからあと少しだけ待ってくれ。」

スーリは仕方なくその場から他の変死体を狙撃した。すると首に傷を負った変死体が動き始めた。震えながらもチウフェイは一歩後ろに下がる。

「まだだ。まだ撃つなよ・・・」

スーリはずっと銃を構え、変死体は立ち上がった。変死体はキョロキョロ辺りを見渡すが、チウフェイ達に反応しなかった。変死体は次に鼻をピクピクさせ、首を振った。チウフェイ達を向いたところで変死体は頭を止め、ゆっくりと顎を大きく開いた。変死体が歩き始めると、チウフェイが叫ぶ。

「撃て撃てぇ!」

スーリはアサルトライフルを撃ち変死体は線路の上に倒れた。

「もういいだろう・・・早くカナメ達の所へ戻ろう・・・」

息切れ気味のチウフェイはスーリの背中を叩いた。

「お、おう。そうだな。」

スーリも少し動揺していた。まだ戦闘していた者もいたが、二人はその場を後にした。

-第1話~浮体都市地下鉄脱線事故~ ~完~

変死体の謎
必要な備え
取り残された少女

次回-第2話~動く変死体~

Experiment L.D.~エクスペリメント・エル・ディー~

-plot-あらすじ

人が光の力と影の力を利用し、翻弄される時代。

とある開発途上国チニの東の沖合いに、複数の浮体都市(メガフロート)があった。
不祥事等の問題を抱えつつも、浮体都市は目まぐるしい発展を遂げていった。
浮体都市群の外れに位置する浮体都市スニーンである日停電が起こり、直後都市内を走る電車が脱線した。
乗車していた就職活動中の大学3年生チウフェイ・C・リーヨンは助けを求めて歩いていると、多くの悲鳴を耳にする。

「死体が人を襲っている!」

浮体都市を恐怖のどん底に突き落とす大事件が、幕を開ける。

-第1話~浮体都市地下鉄脱線事故~↓
http://worldgazerweb.blogspot.jp/2015/01/experiment-ld1.html
-第2話~動く変死体~↓
http://worldgazerweb.blogspot.jp/2015/01/experiment-ld2.html
-第3話~浮体都市地下鉄脱出計画~↓
http://worldgazerweb.blogspot.jp/2015/01/experiment-ld3.html
-最終話~浮体都市電車脱線事故の謎~↓
http://worldgazerweb.blogspot.jp/2015/02/experiment-ld.html
-設定資料↓
http://worldgazerweb.blogspot.jp/2015/02/experiment-ld_3.html

「Experiment L.D.~エクスペリメント・エル・ディー~」
「World Gazer~ワールド・ゲイザー~」シリーズ。

※重複投稿です。
ワールド・ゲイザー(ブログ)↓
http://worldgazerweb.blogspot.jp/
小説家になろう↓
http://mypage.syosetu.com/523234/
pixiv↓
http://www.pixiv.net/member.php?id=13146285
みてみん↓
http://13271.mitemin.net/