初めに光があった。
光は人と共にあった。
光は人と交わした絆を尊んだ。
しかし人はそれを拒んだ。
一部の光の使者は光の上に立とうとし、
後に影となったが、
それは光に打ち勝てなかった。
そこで影は別のものに目を向けた。
それは光がもっとも尊ぶものであった。
光の使者と影は「アウター」と呼ばれ、彼らは自らの力を地に宿した。
光の力は「ヒカ」、影の力は「ゲカ」と呼ばれ、アウターに遠く及ばないものの、
人にとっては驚異的な力だった。
この二つのアウターの力はあらゆるものを侵し、憑かれたものを、「アウタレス」と呼んだ。
ヒカは人の心の中にある聖を照らし、ゲカは闇を照らす。
アウターは殆ど干渉する事なく、ただ人の経緯を見てきた。
そして人はアウターの力を利用し、翻弄され、各々の生を歩んでいた。
-第1話-
開発途上国チニの東の沖合に、浮体都市(超大型浮体式構造物、メガフロート等と呼ばれている)が複数集まった浮体都市群がある。名をジィ・フードン・チュンシィ。個々の浮体都市は他の浮体都市と橋や海中トンネルで繋がっており、巨大なネットワークを有している。しかし他国の浮体都市に比べるとその出来は良質とは言えず、手抜き工事や関係者による汚職等の不祥事が頻発していた。それでも尚ジィ・フードン・チュンシィ浮体都市群は着々と経済効果を生み、世界中から人が集まるようになっていた。
ジィ・フードン・チュンシィ浮体都市群の外側には浮体都市ジエシューがある。この浮体都市は他の浮体都市同様いくつかの浮体都市と繋がっている。その内の一つに、浮体都市スニーンがある。スニーンは浮体都市群の外れに位置する為、繋がっている浮体都市は一つのみ、浮体都市ジエシューだけである。よってスニーンへ向かうには必ずジエシューを通らなければならなかった。
1月10日金曜日、23時20分、浮体都市ジエシューの地下鉄ホームに、一人の青年が立っていた。名をチウフェイ・C・リーヨン。男性。20歳。チニ国出身で現地の大学に通う3年生である。
彼は電車に乗り、電車はジエシューを後にし、浮体都市スニーンに向かっていた。夜遅くにも拘わらず、車内には人が多く乗車していた。浮体都市同士は橋で繋がっており、橋の下に海中トンネルがある。トンネルの中に線路が敷かれており電車はここを走る。電車から直接海中を見る事はできないが、トンネルの外に備えられたカメラからの映像をネットワーク経由にて端末や制工脳(制御型人工頭脳、サイボーグの脳、電脳ともいう)で見る事ができる。つり革に寄り掛かるチウフェイは退屈しのぎにヘッドホン型の外付け制工脳(外付け簡略式制御型人工頭脳。外付け式のサイボーグ脳。脳をサイボーグ化せずとも、脳と繋いだ中継器を体に埋め込めば使用できる。見た目や負担の関係上耳に手術する事が多い。)を使い、海中の景色を眺めていた。
・・・
「暗くてよく見えねぇ。てか気持ち悪い・・・」
彼は電車に酔った。チウフェイは映像を閉じると、横で何やら呟く声を耳にした。隣で女性が真剣な眼差しで呟いている。よく聞いてみると、企業名やら商品名が聞こえてきた。そこでチウフェイは直感し、女性に尋ねる。
「あ、失礼。一つ聞いていいかな?君もしかして明日スニーンで行われる博覧会に行く予定かな?」
「え?あ、はい。そうですけど。」
女性は少し困った表情を浮かべた。
-第1話~浮体都市地下鉄脱線事故~
チウフェイが話し掛けた女性の名はハジ・カナメ。女性。20歳。ジュポ国出身の大学2年生だ。
困惑した彼女を前にチウフェイは自己紹介を始める。
「俺の名前はチウフェイ。チウフェイ・C・リーヨン。大学3年生だ。いや博覧会に出る企業の名前とか聞こえたからもしかして、と。」
「あ、ごめんなさい。声に出てました?私明日のために復習していたんです。」
彼女は申し訳そうに軽く頭を下げた。
「いやいやいいって。こっちも急に声掛けたし・・・て事は君も企業説明会に行く予定なの?」
「はい。あ、つまりあなたも・・・私と同じように前日入りですか?」
「そうだね。明日は道が混むだろうし。会場に着く頃にもう疲れていたら勿体無いからね。」
「そうですね。」
彼女はくすっと笑みをこぼす。
「私の名前はカナメ・ハジです。大学2年生です。」
ふと気になっていた事をチウフェイは尋ねる。
「ところでさっき復習って言ってたけど、企業情報を保存しておけば暗記する必要はないんじゃ?もしかして脳に手を加えてないとか?」
「いえ、手術してますよ。」
よく見るとカナメは耳にピアスを付けていた。外付け制工脳なのだろう。
「私は質疑応答の練習をしていたんです。」
「なるほどね。」
23時50分、二人は打ち解け、会話が弾んでいた頃、トンネルの照明が落ちた。客がざわつき始めた時、車内アナウンスが流れた。
「お客様にお伝えします。え~、現在スニーンが停電になった模様です。本電車は予備電源にて走行しておりますので予定通り次の駅に向かいます。尚速度を落としての運行となるため予定より遅れての到着になる見込みです。ご了承下さい。繰り返します・・・」
「大丈夫かな?」
カナメは不安そうにチウフェイを向いた。
「たまにあるんだよな~・・・って事は都市の予備発電機もだめだったのかよ・・・はぁ・・・」
電車が右コーナーに差し掛かる時だった。
「きゃあああああああ!」
「なんだあのデカイの!」
「何かいたぞ!」
チウフェイ等近くの乗客が何かを目撃し、叫んだ。
「え?」
何事かとチウフェイが振り向くと、地面が大きく揺れた。多くの悲鳴の中、車体は勢いよく回り、中にいた乗客は飛ばされた。衝撃で車体は変形し、壁に火花を散らせながらコーナーに沿って電車は停止した。
脱線事故から数分後、チウフェイは目を覚ました。点灯する照明が残っていたものの、辺りは暗かった。チウフェイは背中に何か重いものを感じた。電車の開閉扉のようだ。チウフェイが右手を動かすと、誰かの手に触れた。その手は冷たくなっていた。悔しさを噛み締め、彼が左の方を向くと、カナメの頭が目の前にあった。
「あ゛あ゛・・・」
チウフェイが恐怖で顔を歪ませると、カナメも彼と似たような表情を浮かべる。
「っ!ん?」
チウフェイは異変に気付く。
「お前・・・生きているのか?」
「う・・・うん・・・」
カナメはゆっくりと口を開き、チウフェイはそっと胸を撫で下ろす。
「はぁ・・・驚かせるなよ・・・怪我はないか?」
「平気みたい・・・そっちが怖い顔するからびっくりしちゃったじゃない。体大丈夫?」
「ああ・・・ん?」
チウフェイは彼の目の前にもう一人女性がいる事に気付いた。女性は武装していた。賞金稼ぎだろう。名をアルクース・ヴァハオース。女性。25歳。フェンラ国出身の賞金稼ぎだ。
「庇ってくれたのはありがたいけど、そろそろどいてくれないかな。」
チウフェイは再び驚いた。彼は二人の女性の上に覆いかぶさる体制を取っていた。チウフェイは肩を動かそうとしたが、まだ痛みが残っていた。
「うっ・・・あ~、せっかく両手に花なのに勿体無いかと・・・それにほら、動いたらクラッシュ症候群の危険性も・・・」
彼がテキトーな事を言っていると、彼の背中に乗った自動扉が宙に浮いた。
「そこまで元気なら大丈夫だろう。まぁ念のため診察した方が確実だが。」
見知らぬ2m近い男型のサイボーグが自動扉の残骸を除けてくれたのだ。名をスーリ・フィンゴット。25歳。フェンラ国出身の賞金稼ぎだ。
「助かる。」
アルクースはそう言った。恐らく彼女の賞金稼ぎ仲間なのだろう。スーリもまた武装していた。
チウフェイはふらつきながらもゆっくりと立ち上がった。スーリは彼に肩を貸した。
「悪いな。」
「重要な場面で女性を守るとは大したもんだぞ。」
チウフェイはアルクース、スーリはカナメに手を差し伸べ体を引き起こした。チウフェイは近くに横たわる女性を見つめた。最初に手が触れた人だった。その女性の腕の中には息子であろう子供が一緒に倒れていた。確認すると二人は既に息を引き取っていた。チウフェイは女性の方へ寄り、彼女の開いていたまぶたをそっと閉じると、隣で息苦しそうにうごめく男性がいた。チウフェイは男性に駆け寄る。
「おい、聞こえるか?しっかりしろ!落ち着いて深呼吸しろ!」
男性はチウフェイに訴えかけた。
「なんだよ・・・なんなんだよありゃあ・・・」
「おい、何言ってるんだ。頼むからちゃんと息をしろ!」
「見たかあの化け物?こっちを見てた・・・こっちを見て笑ってたんだよぉ・・・笑って・・・わらぁ・・・」
やがて男性の息は止まり、続いて心臓も止まった。
「くそっ。」
チウフェイ手馴れた手付きで蘇生を試み、アルクースは彼を補助した。二人の懸命な努力の甲斐なく、男性は息を吹き返さなかった。
「残念だったが、お前の対応は素晴らしかったぞ。」
スーリが沈黙を破り、チウフェイが言う。
「大学で少し医療を学んだからな。解剖も見学した事があるから死体は見慣れてると思ってたんだけどな・・・」
「そうか・・・とりあえず・・・このまま他の乗客の手当てもしよう。」
突然のアルクースの提案に、チウフェイは苛立ちを示す。
「何で俺が?」
「そう悪い事でもないぞ。後々金になるもしれん。」
呆れたチウフェイは落ち着きを取り戻す。
「流石は賞金稼ぎといったところか。」
アルクースが微笑む。
「私はアルクース・ヴァハオース。彼はスーリ・フィンゴット。二人ともフェンラ国の賞金稼ぎだ。仕事でここに来た。」
「俺はチウフェイ・C・リーヨン。彼女はハジ・カナメ。さっき知り合った。俺達は明日の博覧会で就職活動する予定なんだけどな。それどころじゃなくなった・・・」
「やはり駄目だ。停電の影響かどの回線も使えない。」
スーリは何度もネットワークにアクセスするも、エラーばかりが返ってきた。
0時20分、進展は無く残された乗客は落ち着きを通り越し苛立っていた。生き残った鉄道職員を問い詰めるも回線がパンク状態で、状況が分からなかった。更には時折聞こえてくる爆発音等で乗客は不安と焦りで一杯だった。
「さっきから聞こえてくるこの音はなんなの?」
カナメも周囲の異音が気になっていた。
「分からないわ。爆発音に聞こえるけど・・・都市で何があったのかしら。」
アルクースの台詞の後、トンネル内に放送が流れた。
「都市にいる全ての人に告げます。只今都市内においてテロが発生した模様です。皆さんは直ちに屋内に退去してください。これは訓練ではありません。繰り返します・・・」
衝撃的な放送を耳にし、乗客はざわめき、一部は救助を諦め自分達の足で避難を始めた。
「俺等も行ってみるか。」
スーリはアルクースを促した。
「私達で様子を見てくるから、あなた達はここで少し待ってて。必ず戻るから。」
「いや、俺も行く。代わりに誰かカナメの側にいてやってくれないか?もしテロの可能性があるならここも危険かもしれない。」
チウフェイは立ち上がり、スーリはアサルトライフルの弾倉を確認する。
「分かった。なら俺が行こう。アルクースは残ってくれ。」
「お願いするわ。」
「気をつけて。」
カナメは二人を見送った。
0時40分、チウフェイとスーリは集団と共に近くのホームを目指していた。
「それってバズーカなのか?」
チウフェイはスーリが背負っていたスピアロケットが気になっていた。
「ロケットランチャーだ。槍も付いている。その名もスピアロケット。」
「それここでは使わないでく・・・」
チウフェイが言い終える前に、何者かの悲鳴が聞こえた。
「うわあああ!」
先頭集団で何かが起きた。皆が駆け寄ると、そこには首から血を流した死体と、肌が青く変色し異臭を放つボロボロの変死体があった。スーリが死体の近くにいた男性に問い掛ける。
「何があった?」
「この死体がいきなり動き出したんだよ!こいつの首に噛み付きやがった。俺達で殺したがこいつはもう死んじまった。なんだよこれ・・・俺達死体を殺したんだぜ・・・」
チウフェイは近くで壁に座り込む変死体を発見した。こちらも変色していて、足には引っかき傷があった。
「これってゲカとかアウタレスとかの仕業か?」
スーリはアウター感知器を見つめる。
「たまにゲカの反応があるが最高で濃度1、数値は5%程度だ。健康被害のレベルだぞ・・・そもそも死体が動くか?」
「気味が悪いな・・・」
「お~い!誰かいないか~!」
集団は声を出しながら前に進んでいった。チウフェイは警戒心から、集団の後方を歩き、スーリも彼と行動を共にした。しばらくすると悲鳴が聞こえ、先頭集団は後ろに逃げ始めた。
「どうした?」
スーリが逃げる一人を掴まえると、その男性は答える。
「死体の群れが来るぞ・・・」
男性はスーリの手を振りほどき、逃げ去った。スーリは義眼に備えられた暗視装置を使用した。すると奥で挙動のおかしい人の集団がこちらに向かってくるのが見えた。銃を所持していた者は動く変死体を撃ち始めた。悲鳴が聞こえ、チウフェイが振り向くと、先程壁に座り込んでいた変死体が動き、腕で地を這って人を襲っていた。
(こいつは足が動かないのか・・・)
そう考えながらチウフェイはスーリの手を引っ張った。
「何を・・・くっ。」
怒鳴ろうとしたスーリはチウフェイが見ていた変死体に気付き、引き金を引いた。何かを思い出したチウフェイは再びスーリの手を引っ張る。
「ちょっと来てくれ。」
「今度はなんだ?」
スーリはチウフェイについていくと、首から血を流して死んでいた男の下へ戻ってきた。先程とは違い、死体は既に変色し、更に皮膚が動いているように見えた。
「なんだこりゃあ・・・こいつもまさか!」
スーリが銃を向けると慌ててチウフェイが彼を止めた。
「おい。何する気だ。」
「いいからあと少しだけ待ってくれ。」
スーリは仕方なくその場から他の変死体を狙撃した。すると首に傷を負った変死体が動き始めた。震えながらもチウフェイは一歩後ろに下がる。
「まだだ。まだ撃つなよ・・・」
スーリはずっと銃を構え、変死体は立ち上がった。変死体はキョロキョロ辺りを見渡すが、チウフェイ達に反応しなかった。変死体は次に鼻をピクピクさせ、首を振った。チウフェイ達を向いたところで変死体は頭を止め、ゆっくりと顎を大きく開いた。変死体が歩き始めると、チウフェイが叫ぶ。
「撃て撃てぇ!」
スーリはアサルトライフルを撃ち変死体は線路の上に倒れた。
「もういいだろう・・・早くカナメ達の所へ戻ろう・・・」
息切れ気味のチウフェイはスーリの背中を叩いた。
「お、おう。そうだな。」
スーリも少し動揺していた。まだ戦闘していた者もいたが、二人はその場を後にした。
-第1話~浮体都市地下鉄脱線事故~ ~完~
変死体の謎
必要な備え
取り残された少女
次回-第2話~動く変死体~
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