-第2話-
日付が変わり脱線事故から1時間程。動く変死体の群れと遭遇した集団の一部が電車に戻ってきた。変死体を見た者達は電車に残っていた人々に状況を説明し、辺りは混乱していた。理解できず話を信じない者もいた。
「一体どういう事なの?」
不安な顔をするカナメも状況を理解できずにいた。
「ああ~・・・ゾンビだよゾンビ!ああ!二人とも中継器を繋ぐ準備をしろ。」
少々焦り気味なスーリはコードを取り出し端子を頭の横に挿した。カナメとアルクースもコードを準備し、中継器が移植された耳たぶに端子を挟んだ。スーリはそれぞれのコードを繋ぐ。
「いいか。これから映像を送るぞ。」
カナメとアルクースは頷き、スーリは先程見た光景を二人の外付け制工脳に送った。カナメの顔は次第に強張り、アルクースは最後までじっとしていた。耳たぶから端子を外したアルクースは静かに口を開く。
「こちらに向かっているの?」
「ああ。早くここから離れよう。」
そう言って線路の反対側へ向かおうとしたチウフェイをカナメが止める。
「ちょっと待って。そっちに行かないで。」
「なんでだよ?」
アルクースが説明する。
「二人がここを離れている間に奇声が聞こえたの。トンネルの向こうから。あれは人の声じゃないわ。」
「どうすりゃいいんだ・・・」
チウフェイが愚痴をこぼしていると動く変死体と戦闘していた集団の銃声が次第に近付いてきた。ここでアルクースとカナメは初めて動く変死体を目視した。カナメはショックのあまり無言になっていた。
「どうするか決めないとそろそろやばいぞ。」
スーリが焦っていると、トンネル内に放送が流れる。
「都市にいる全ての者にお伝えします。至急都市から避難して下さい。繰り返します。都市を退去してください。都市は現在危険な状況下に置かれています。慌てず速やかに都市から避難して下さい・・・」
「何が起こっているんだ・・・」
スーリが困惑するも放送は尚続く。
「・・・現在駅への通路が使用不能なため、第1レイヤーの一般道を使用して下さい。都市運営スタッフは誘ど・・・」
-第2話~動く変死体~
「冗談だろ・・・」
言葉を失うスーリにチウフェイが問いかけた。
「ここって第2レイヤーだよな?」
「ああ、事業レイヤーの中間層だ。だがここは地下鉄だぞ。出口も限られているのにどこへ行けば・・・」
動く変死体の群れは電車まで迫り、近くにいた人が襲われ始め、電車にいた人は皆散り散りに逃げた。
「ここを離れなきゃまずいわね。」
そう言いながらアルクースはソードライフルを構え動く変死体を狙撃した。その間チウフェイは脱出の糸口を模索しているとカナメが話しかけ電車の上の方を指差す。
「あれって何?」
電車から上に約3m、設備用の通路だろうか。その通路は壁沿いにホームの方へ延びていた。早速チウフェイが電車の上に登ると、通路へ繋がる梯子が届く位置にあった。
「ナイスだカナメ!ここから登れるぞ!」
チウフェイはカナメを引っ張り上げ、一行は電車の上に乗った。彼等を追いかけ、動く変死体も電車をよじ登った。中には電車に登れず地に落ちる固体もちらほらいた。まずはチウフェイ、続いてカナメ、アルクース、スーリの順に梯子に登り、通路に辿り着いた。すると通路を支える支柱の一つが壊れ、4人は体制を崩した。チウフェイが後ろを振り返るとカナメの姿はなく、アルクースが通路の端にぶら下がっていた。気付いたチウフェイとスーリはアルクースに駆け寄り、彼女を引き上げようとした。
「私にはマッスルスーツがあるから問題ない。それよりカナメが落ちたわ。」
チウフェイがアルクースの下を覗くとカナメが電車の上で倒れていた。スーリはカナメの周囲にいた動く変死体を撃ち、アルクースはマッスルスーツで勢いを付け通路に跳び登った。チウフェイはカナメに叫ぶ。
「カナメ!起きろ!」
カナメは目を覚まし、目の前に広がる光景に絶望した。
「くそ!俺が降りる!」
アルクースの後ろを横切ろうとしたチウフェイは彼女に止められる。
「よせ。二人も援護できない。」
「見捨てるつもりか!」
「だったら彼女に早く梯子まで逃げるよう説得しなさい!」
「くっ・・・」
アルクースとスーリは動く変死体を倒し、只カナメに呼びかける事しかできないチウフェイは歯がゆい思いをした。チウフェイが動く変死体を見ていると、個体差がある事に気付いた。動く変死体にはカナメを向くものとアルクース達を向くものがいた。
(カナメが見えず銃声に反応しているのか?)
そう感じたチウフェイは微かな希望を胸にアルクースの腕を掴む。
「こっちへ来い。」
「何を言っ・・・」
「いいから早く!カナメを助けるためだ!」
チウフェイに圧倒されたアルクースは不信ながらもチウフェイに付いていき、カナメから距離をおいたところで彼が止まる。
「よし。ここから撃ってくれ。」
チウフェイに返事をせず、アルクースは再び動く変死体を狙撃した。すると動く変死体数体がアルクースの足元に集まってきた。
「そいつらはいい!カナメを狙っているやつだけを撃て。」
アルクースは気になってはいたが今はそれどころではなかった。チウフェイが叫ぶ。
「カナメー!今のうちに登れー!」
チウフェイが大声で叫ぶと、動く変死体は更に足元に集まってきた。恐る恐る進むカナメはなんとか梯子まで辿り着き、梯子を登り始める。
「っ!」
突如、カナメの足を動く変死体が捉えた。カナメは止まり、身動きとれなくなっていた。カナメはあまりの恐怖に体が硬直し、尿を漏らした。尿は彼女の足を伝い、動く変死体の手に触れた。尿に気付いた動く変死体は暴れだし、そのまま電車の下に落ちた。一部始終を見ていたチウフェイが呟く。
「・・・恐水病?」
「え?」
アルクースを尻目に、我に返ったチウフェイは叫ぶ。
「今だ!登れ!」
カナメは少しずつ登り始め、スーリが彼女を引き上げた。他の動く変死体は後を追い梯子に手を掛けるが、梯子に垂れた尿に気付きこれもまた暴れ始めた。それを見ていたチウフェイにアルクースが近寄る。
「早く進もう。」
「ああ。」
4人が進んでいると、駅の廊下に繋がる通路を見つけた。チウフェイは近くにあった資材から扱いやすい大きさのパイプを見つけ、カナメにも渡し、二人はそれを構えた。アルクースはハンドガンを抜きチウフェイに差し出す。
「使ってもいいんだぞ?」
チウフェイは首を振る。
「いきなり扱えと言われても無理だ。俺はこれでいい。」
駅の中至る所に動く変死体がいたため、4人は気付かれないよう静かに行動した。アルクースとスーリはクリアリングし、4人は駅の廊下に出た。皆が警戒していると、チウフェイは駅の地図を見つけた。彼は3人を呼んで相談する。
「階段があったぞ。エスカレーターもいけるんじゃないか?」
「よし、少し距離はあるが何とかなりそうだな。」
スーリが地図を覗いていると、カナメがアルクースの肩をちょんちょんと叩く。
「あの~。できれば服を着替えたいな~、と・・・」
カナメの物欲しそうな顔を見て、アルクースはそっと微笑む。
「そうね。食料も調達したいわ。あとできれば武器か弾薬も。」
「俺も殆ど弾切れだ。」
「だとするとここの警備室がいいんじゃないか?非常食とかあるかもな。」
チウフェイが地図を指差した。
「では早速向かいましょうか。」
アルクースは再びソードライフルを構え、4人は警備室へと向かった。
4人が警備室の前までいくと、道を阻むように動く変死体が複数いた。
「よし、この数ならやれそうね。」
そう言うアルクースをチウフェイが引き止める。
「ちょっと待ってくれ。」
チウフェイはその辺に落ちていた床材の欠片を集めた。3人は彼を静かに見守る。するとチウフェイは手に持った欠片を動く変死体の近くに投げた。数体の動く変死体が反応し、それを確認したチウフェイは更に欠片を投げ、変死体3体が導かれるように警備室から遠ざかった。まだ警備室の前には動く変死体が2体立っていた。
「やつらは耳が聞こえないのか?」
呟くチウフェイはアルクースに話しかける
「レーザーポインターとか持ってないか?」
「ええ。ちょっと待って。」
アルクースはソードライフルに装着されたレーザーサイトを取り外し、チウフェイに手渡す。彼はそのレーザーサイトを使用し動く変死体の視界に映る壁に照射した。すると2体の動く変死体は壁に写るレーザーに反応した。
「よし。」
動く変死体はこれもまた導かれるようにその場を去った。チウフェイは試しに足場がない所にレーザーを照らす。2体の変死体は気にせず手すりをよじ登り、案の定足を滑らせて下の階に落ちた。下の階にいた動く変死体はそれに気付き、落ちてきた2体を食べ始めた。4人はその光景に驚愕した。動く変死体の落ちた音に反応し、先程去った3体の変死体が戻ってきた。アルクースとスーリは前に飛び出し、静かに3体を仕留めた。アルクースが警備室の入り口を確保し、スーリが中に突入した。しばらくして安全を確認したのか、アルクースがチウフェイとカナメに、警備室に入るよう手を振った。カナメが警備室に入り、チウフェイは警備室の前で持っていたペットボトルを取り出し、水を床にこぼし回った。
「何をしている?」
アルクースが口を開いた。
「時間稼ぎにはなるだろう。」
「どういう意味だ?」
アルクースは彼の行動が理解できなかった。
「中で話す。」
作業を終えたチウフェイは警備室に入った。アルクースも中に入り、入り口の鍵を閉めた。一段落し、4人は体を休める。アルクースは時折入り口を確認しながら近くの椅子に座り、チウフェイに問う。
「さっきのはどういう事だ?」
「狂犬病だ。」
「え?」
3人はただ黙り、チウフェイの言葉を待った。
「あの生きた死体、又はゾンビか・・・そいつらがカナメに驚いた時にピンときた。ほら、尿をもら・・・」
「もう!」
自身の恥ずかしい失態を話され、カナメはプンプンしていた。少し笑いながらもチウフェイは続ける。
「あ、ごめんごめん。でもそのおかげで気付けたんだ・・・凶暴性や興奮性。異常な食欲。噛まれたり襲われる事による感染。水に恐怖を抱く恐水病。どれも狂犬病の症状に酷似しているんだ・・・死体が変貌する様子をスーリと目撃したんだが、恐らく感染した体の部位によって発症するタイミングが変わってくるんだろう。これも狂犬病と同じだ。もしかしたら感染した部位を早めに切除すれば助かるかもしれない・・・」
「狂犬病って確か、発症したら死ぬんだよな?記録上最も致死率が高いウイルスだとか。」
スーリに続いてアルクースも問いかける。
「確かそうよ。直接は見た事ないけど、狂犬病ってあんなに酷くならないはずじゃ・・・」
「そうなんだ。狂犬病は感染から短時間で発病するものじゃない。感染から脳に到達するまで何週間も掛かるはずだ。そもそも死体が再生する事自体がおかしい・・・只分かったのは、身体機能全てを再生できる訳じゃない事だ。視覚や聴覚、足が使えない固体もいた。恐らくは基となる体の影響、あるいは腐敗によるものだろう。エネルギー補給が止まればその内朽ちるだろうが・・・でも俺達にそれまで待つ余裕がある訳じゃない・・・しかし一体なんなのだろうな。突然変異か新種のウイルスか・・・」
・・・
アルクースが沈黙を破る。
「ゲカに因る可能性は?」
「ゲカの反応は大した事なかったぞ。あれはアウタレスなんかじゃない。」
「なら狂犬病ウイルスをゲカで弄った可能性は?」
「さすがにそこまでは分からんよ。ゲカなんて人知を超えているし、俺はウイルスの専門家じゃない。」
「実は心当たりがあるの。」
「おい。」
スーリが声を出すが、アルクースが手を向け止めた。
「なんの話だ。」
「この浮体都市の第3レイヤー、産業、設備レイヤーにゲカ研究所があるのを知ってる?」
「ああ。でもそんなの珍しくもなんともないぞ?」
「実はその研究所、ゲカの生物実験、つまりゲカアウタレスの開発実験をしているという噂があるの。」
「何?」
チウフェイとカナメの顔が一変する。
「その研究所は疑惑だらけでね、浮体都市の責任者もグルなんじゃないかって噂もあるわ。そこでその色々な噂を調査する依頼を私達が引き受けたって訳・・・まぁ今は調べる余裕はないけど。」
「そうか・・・」
「ゲカが絡んでいるかは分からない。でも狂犬病が何かしら関係しているのならそれを頭に入れといた方がいいかもね。それ以上は何も分からないんだし。」
チウフェイはため息を漏らす。
「そうだな。原因が分かったところで助かる訳じゃないしな・・・話してくれてありがとう。」
「こちらこそ。」
4人は休憩後、警備室を物色した。しかし非常食は見つからず、スーリはショットガンを見つける。
「おい。ショットガンがあったぞ。弾薬も少しある。」
アルクースが銃を受け取り、チウフェイに差し出した。
「勘弁してくれよ。」
彼は嫌がるが、アルクースも譲らない。
「操作はロボットカーより簡単よ。大丈夫、すぐ覚える。」
「人を誤射したらどうするんだ。」
「ちゃんと習えば大丈夫だって。ほら。」
「はぁ・・・」
チウフェイはアルクースの勢いに負けた。
「よし、まずはファイティングポーズを取って。」
「は?」
「早く。」
観念したチウフェイは言うとおりに腕を構えた。
「次に右足を後ろに引いて。」
チウフェイが右足を後ろに引くと、アルクースはショットガンを彼の前にかざした。
「後は銃を構えるだけ。」
「こうか?」
チウフェイはとりあえずノリで銃を構えた。
「それで完成。姿勢もいいわ。」
「おい。ちょっと待て。テキトー過ぎるだろ。もっとこう、脇を締める~とか、腕を固定する~とか色々あるだろ。」
チウフェイは不機嫌だったが、アルクースは真顔で言う。
「確かに細かい事は多いわ。でもね、いざ本番って時にそれができる自信ある?頭が真っ白になったらそんなの何の役にも立たないわよ。それどころか焦って悪化するわ。」
「まぁ、確かに・・・」
チウフェイは大人しくなった。
「それにね、ファイティングポーズにはちゃんと意味があるの。銃を撃つ時は狙った敵を殴るイメージで引き金を引いて。そうすれば無意識に体に力が入って銃の反動を抑える事ができるし、真っ直ぐ狙えるわ。」
「なる程・・・分かりやすいな。」
「まぁ、即決教育用に以前知り合いのパワードアーマー乗りに教わったんだけどね・・・あとやってはいけない禁止事項だけは絶対覚えてね。」
「おう。」
「撃つ時以外は、銃口を人に向けない、引き金に指を掛けない事。たとえ弾が入ってなくても入ってるもんだと覚える事。地面に落としただけでも暴発する危険があると頭に叩き込んでおいて。」
「なんだか怖いな。」
「実際怖いものよ。準備が完璧でも事故は起こるわ・・・あとはショットガンの操作を教える。」
「頼む。」
アルクースはその後も安全装置、装填、照準器、肩当て等の仕組みをチウフェイに教え、カナメはそれを見ていた。
アルクースは講習を終え、部屋の奥からスーリが戻ってきた。
「食料は見つからなかったな。」
「着替えもなかったしな~・・・」
落ち込むカナメの頭を、アルクースはそっと撫でる。
「なら地図にあった売店に行ってみるか。服もあるかもね。」
スーリがライフルを手に取る。
「俺とアルクースが行く。二人はここで待機してくれ。」
「ええ~。私達を置いて行っちゃうんですか~?」
「違う。4人もいたら動きづらいだろ。それに現時点で一番安全なのはここだ。」
カナメは大人しくなり、アルクースが扉に向かう。
「チウフェイ。彼女に変な事するなよ。」
「しねぇよ。」
アルクースはニコっと微笑み、スーリと共に部屋を出た。
アルクースとスーリは互いにバックアップしながら駅内を慎重に進み、無事売店に辿り着いた。覗いてみると、店内に陳列された食品は荒らされ、破れた袋や包装シート、食べ残しが散乱していた。
「あいつら食欲旺盛だな。」
「何でも食べるのね。」
「まぁ人間だけ食うと思っていたもんでほっとしたよ・・・」
スーリがそう呟くと二人は店の奥へ進み、クリアリングした。辺りを一通り確認し、二人は使える物資を集めた。手を付けていない食品を集めていると、アルクースは飲料類が殆ど手付かずである事に気付く。
「彼の言った事は正しかったみたいね。やっぱり水が怖いのかしら。」
「そうも言ってられんぞ。見てみろ。」
スーリが示した方には破かれたペットボトルやビンが転がっていた。
「水を恐れない固体もいるのね・・・」
「適応したのかもな。戻ったらチウフェイに伝えよう。」
アルクースは他の品を見ていると小さな衣類コーナーを見つけた。彼女が品を手に取っていると、店の奥に人の気配を感じた。アルクースはスーリにハンドシグナルを送り、二人はゆっくりと店の奥にある扉に近付いた。そして二人は息を合わせ部屋に突入した。そこには車椅子に乗った一人の少女がいた。少女は不安で震えていた。
「あ、あの・・・どちら様ですか?」
-第2話~動く変死体~ ~完~
残された生存者
新たな課題
致命的損失
次回-第3話~浮体都市地下鉄脱出計画~
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