-第3話-
使えそうな物資を探すため売店に来たアルクースとスーリは、売店の奥で車椅子に乗った少女を見つけた。名をウィーライ・バオフー。チニ国出身の16歳だ。
彼女は怯えながらも二人に何者かと尋ねたが、逆に彼女が尋ねられた。
「あなた一人?」
アルクースはウィーライに銃を向けたまま話し、その間にスーリは怪しいものがないか辺りを調べた。ウィーライは恐る恐る問いに答える。
「いえ。兄が近くにいるはずです。様子を見てくると言ってここを離れていきました。」
スーリは周囲を確認し終え、アルクースに合図を送った。それを確認したアルクースはウィーライ自身を調べた。異常はないと判断したアルクースは銃を下げ、ウィーライの目線に合わせて膝を付く。
「驚かせちゃってごめんなさいね。私はアルクース・ヴァハオース。彼はスーリ・フィンゴット。私達フェンラ国出身の賞金稼ぎなの。あなたは?」
少し間を置いてウィーライが話す。
「私の名前はウィーライ・バオフー。兄はジャアティンといいます。」
「どうしてここに?」
「兄と一緒に電車を待っていたんですけど、突然不審者が人を襲い始めて・・・ここに隠れていました。兄は駅の様子を見にここを離れました。」
「彼はいつここを離れたの?」
「20分くらい前だったと思います・・・」
兄が気に掛かるのか、ウィーライの表情は暗い。アルクースは彼女の車椅子に目が留まる。
「そう・・・あなたは普段から車椅子を使っているの?」
「はい。私は足が動かないもので。」
「動力を付けてないのね。でもデザインがレトロで素敵だわ。」
ウィーライは初めて笑顔を見せる。
「ありがとうございます。動力付きも持ってはいるんです。でも私は自分の力で進みたいので、これが一番のお気に入りです。」
長居はしたくないスーリは首を捻ってアルクースに催促した。
「それは良い心がけだわ。さて、そろそろ仲間が避難している場所に戻らないと。ウィーライはどうする?私達のところに来る?避難している仲間があと二人いるけど。」
どのような危険があるか分からない。アルクースはウィーライを一人置いていく事はしたくなかった。ウィーライはその誘いに乗りたいのだが、兄が気に掛かる。
「でも兄がまだ戻っていません。」
「だったら置手紙を残しましょう。そうすれば問題ないでしょ?」
「ん~・・・」
ウィーライが考え込んでいると、アルクースの後ろに迫る影が見えた。
「だめ!」
ウィーライが叫ぶと同時に、影が鈍器を振り下ろす。アルクースはすぐさま反転し、ソードライフルで鈍器を受けながらライフルのストックを振って相手の手首を打ち、鈍器は地面に落ちた。
「くっ。」
そこには手首を押さえながらアルクースを睨みつける男がいた。
「何者だ?」
アルクースが低い声で言うと、男は口を開く。
「妹から離れろ。」
「やめて兄さん!この人は悪い人じゃないよ!」
-第3話~浮体都市地下鉄脱出計画~
男はウィーライの兄、ジャアティン・バオフーだった。19歳である。
穏やかだったアルクースは背後から奇襲を受け、頭に血が上る寸前だった。
「いい攻撃だったが相手を間違えたな。」
「お願いします。兄は只私を守ろうとしただけなんです。」
ウィーライが懇願するも、アルクースとジャアティンは睨み合っていた。
「両手を頭に乗せて床に伏せろ。」
「妹から離れろ。」
両者は一歩も譲らない。
「いい度胸だ。口先だけで妹を守れると思うなよ・・・」
「やめてください!」
アルクースが一歩踏み出そうとすると、ウィーライは車椅子で勢いよく進み、そのまま車椅子から跳び出しアルクースの足元に倒れ込んだ。彼女はアルクースの足元に泣きながらしがみ付く。
「お願いします・・・」
「アルクース。遊んでいる時間はないぞ。」
ややこしい事に首を突っ込みたくないスーリはアルクースに警告し、彼女は舌打ちする。
「ちっ・・・妹に免じて許してやる。次やったら首を折るからな。分かったな?」
「・・・」
「分かったな?」
ジャアティンは少し冷静になり、構えた腕を下ろした。
「分かった・・・」
彼はゆっくりとウィーライの許へ歩き、彼女を抱き上げる。
「心配掛けてごめん。」
ウィーライは溜まっていた不安を涙に換え、ジャアティンの胸の中で泣いた。ジャアティンは顔を向けず、アルクースに話し掛ける。
「すまなかった・・・何人か殺した後で・・・気が動転していた・・・」
「人を殺したのは今回が初めて?」
「ああ・・・」
アルクースは少し同情し、深呼吸すると彼女の表情が和らぐ。
「なら妹を車椅子に乗せなさい。ここを出るわ。あと落とした武器もちゃんと拾って。」
「どこに行くんだ?」
「仲間のところに戻るわ。彼等にも手を出さないでちょうだいね。」
「・・・すまん。」
四人は売店を出た。
「そんな事があったんですかー。お疲れ様です~。」
「カナメ、なんだか心がこもってないぞ・・・」
「え?」
カナメの軽い言葉にアルクースは何故だか和む。売店に出掛けた二人はウィーライとジャアティンを連れて警備室に戻り、チウフェイとカナメに事情を説明した。面子は六人に増え、彼等は警備室で休みながら今後の予定を話し合った。
「人手が増えたのはいい事だが、問題は車椅子だな。」
スーリが入り口を見張りながらこう言った。ウィーライは申し訳なそうな顔をする。
「すみません。私が皆さんの負担になってしまって・・・」
「いや、そういう意味で言った訳じゃない・・・なんだよその顔は・・・」
カナメがスーリを睨みつけていた。チウフェイが疑問を投げかける。
「車椅子を押して逃げるのは駄目なのか?道がなければ車椅子を捨てて背負えば・・・」
「背負って走って、登って、跳んで、戦って・・・そんな事を繰り返して体が持つか?」
「うーん・・・」
チウフェイはスーリに反論できなかった。アルクースがそっと呟く。
「せめてロボットスーツかパワードアーマーがあればねぇ・・・」
それを聞いたジャアティンが沈黙を破る。
「パワードアーマーなら見たぞ。」
「どこで!?」
アルクースや周りにいた者も驚いた。
「倉庫に1機置いてあるのを見かけた。見たところ普段から使っている感じだったよ。」
スーリが呟く。
「運搬用のパワードアーマーか。」
「パワードスーツは見たの?」
アルクースは問い、ジャアティンは答える。
「見てないな。詳しく調べた訳じゃない。」
「一応パワードスーツがなくてもパワードアーマーを動かす事自体はできるけど、搭乗者が受ける衝撃が伝わりやすくなってしまうわ・・・でも最悪私が着ているパワードスーツを彼女に貸せば問題ないわね。サイズも合いそうだし。ウィーライ、足は生まれた時から?」
ウィーライは答える。
「いえ、幼い時事故に遭って・・・」
「なら体が歩いた頃の感覚を覚えているはず。うん、いけそうね。」
スーリが立ち上がる。
「早く取りに行こう。さっさと脱出しないと次に何が起こるか分からん。」
「そうね。じゃあまたスーリと二人で行ってくるわ。ジャアティン、場所はどこ?」
ジャアティンは真剣な眼差しでアルクースに申し出る。
「俺も行く。パワードアーマーの場所まで案内する。」
「でもねぇ・・・」
「俺には2年間の兵役がある。妹や俺の無礼の件も含めて頼む。手伝わせてくれ。」
スーリが追加のショットガンをジャアティンに手渡す。
「使い方は?」
「大丈夫だ。」
「なら大丈夫だな。では行こう。」
「チウフェイ、また彼女達をお願いね。」
アルクースは残った三人に手を振り、ウィーライは兄に一声掛ける。
「兄さんも気をつけて。」
「ああ。」
三人は倉庫に向かう途中、スーリが何かを思い出し立ち止まり、横の通路を眺めた。
「そういえばこの先に第1レイヤーへ繋がる階段があるんじゃなかったか?」
ジャアティンがスーリに教える。
「そこはあんた等が言う動く変死体で一杯だぞ。」
「突破できそうか?」
「分からない・・・」
「パワードアーマーが通れるかも確認したい。」
「そうね。一度偵察しておきましょう。」
アルクースも同意し、三人は階段のある場所へ向かった。
アルクース、スーリとジャアティンはしばらく進み、広場の近くにきた。広場の向こうに階段が見えたが、広場には動く変死体が多く集まっていた。共食いする個体や、腐敗して身動き取れない個体もいたが、それでも数は圧倒的であった。アルクースは二人に後退の合図を送り、静かに倉庫へと向かった。
「あの数はちょっと辛いわね。」
アルクースに続いてスーリが言う。
「ああ、しかしどの階段に向かうにも、あの広場を通らないと無理だぞ。」
「多くの人があそこを通ったせいであの動く変死体も集まったのかな・・・あった、あれだ。」
ジャアティンは倉庫を指差した。
三人は倉庫に入り、お目当てのパワードアーマーを見つけ、辺りを物色した。アルクースは自身の手を止め、ため息を漏らす。
「はぁ、パワードスーツはないみたいね・・・しようがない、私が着ているやつを使うか。」
アルクースは物資運搬用パワードアーマーに乗り込み、機体を立ち上げた。
しかし起動プログラムにエラーが起き、機体を使用する事ができなかった。
「だから模造品は嫌いなのよ・・・」
アルクースは外付け制工脳と機体を繋ぎ、彼女が持っているドライバの中から機体に対応するものをインストールする。
「調べたけど機体そのものに異常はないわ。只制御ソフトが駄目で今入れ直しているからちょっと待ってて。全く、どうせ余計なものを一杯入れたんでしょうけど・・・」
アルクースが話し終えても、返事はなかった。
「・・・何かあった?」
間を置いてスーリが呟く。
「何かいるぞ。」
「え?」
すると動く変死体が現れ、倉庫に向かってきた。スーリは静かに対処しようとしたが、動く変死体が次第に増えていった。スーリはライフルを撃ち、ジャアティンも彼を援護する。スーリが叫ぶ。
「おい!後どれくらい掛かるんだ?」
「あと5分。」
「そんなに待てないぞ!」
動く変死体は倒されても更に増え、スーリに少しずつ迫ってきた。スーリは近くの個体を殴り飛ばし銃撃するも、複数の動く変死体に捕まった。スーリは押さえ込まれ、体中を食われたり引っかけられたりした。スーリはサイボーグであるため体は頑丈で、簡単には壊れなかった。
「気色悪りぃな!!」
スーリは抑えられながらも一体ずつ首をへし折っていった。動く変死体はジャアティンにも襲い掛かり、ジャアティンは右足を食われる。
「っがぁああああああああ!!!」
「頼むから早くしてよ・・・」
アルクースは目の前の惨劇を只見ているしかなかった。
ジャアティンは落ちていたスーリのライフルを手に取り、ショットガンと両手に持ち一気にぶっ放す。
「こっちを食えよ、このクソがぁあああ!!!」
彼の右足をかじっていた個体の頭は吹き飛び、スーリの上にいた複数の個体も弾け飛んだ。
ピーピーピー
「よし!」
システムの更新が完了し、パワードアーマーは起動した。アルクースは機体の頭部ハッチを閉め、二人のもとへ向かった。彼女はジャアティンの前にいた動く変死体を機体の腕で吹き飛ばした。いくら戦闘用ではないとはいえ、パワードアーマーの馬力に動く変死体は敵わなかった。
「ジャアティンをお願い!」
スーリは一部ボロボロになった体を引きずり、ジャアティンに近寄った。ジャアティンは足の痛みで苦しんでいた。スーリは電気コードを引っ張り、ジャアティンの右足の太股を縛り、止血した。アルクースはパワードアーマーで動く変死体を倒していき、いつの間にか新たな個体は現れなくなっていた。周囲の安全を確認したアルクースはスーリとジャアティンのところへ戻る。
「早く戻ろう。」
アルクースはパワードアーマーでジャアティンを抱え、スーリと共に警備室に帰っていった。
「兄さん!兄さんしっかりして!」
ウィーライは苦しむ兄を見て、胸が裂けそうになっていた。一刻を争う状況だったため、アルクースは何があったのかを手短に説明した。スーリは入り口を見張り、チウフェイ、アルクースとカナメは痛みで暴れるジャアティンを押さえつけていた。苦しみながらもジャアティンは懇願する。
「俺はアレに噛まれた。もう助からねぇ・・・早く俺を殺してくれ!」
「ど、どうすればいいんですか?」
カナメはジャアティンの体を押さえるので手一杯だった。
「このままじゃやばいぞ・・・」
「お願いします!兄さんを殺さないで!」
焦るアルクースの言葉に、ウィーライは更に動揺した。
「早く殺せぇ!!手遅れに・・・なる前に!」
部屋の中は騒がしくなっていた。ずっと考え込んでいたチウフェイが言う。
「足を切断しよう。」
部屋の中が一瞬静かになった。
「な、何を言っているんだ!?」
困惑するジャアティンにチウフェイが説明する。
「もし感染した部位に因って発症するまで時間差があると仮定するならば、ウィルスが体中を巡る前にウィルスがいる部位を切除する。そうすれば発症を食い止める事ができるかもしれない。」
アルクースが問う。
「その後の治療はどうするんだ?道具も薬品もないぞ?」
「第1レイヤーまで避難して救助を呼べば助かるかもしれない。」
「それまで体が持たなかったらどうするんだ?」
「それ以外の選択肢がないんだよ!」
チウフェイとアルクースが口論していると、ウィーライが覚悟を決める。
「兄さんの足を切断して下さい。」
「・・・いいんだね?」
問いかけたアルクースにウィーライは答える。
「助かる可能性が少しでもあるなら何でもします。何が起こっても私はあなた方を恨みません。」
「何言ってんだ・・・早く俺を殺してくれ・・・」
ウィーライは兄を無視し、彼の頭を押さえた。チウフェイはアルクースのソードライフルの刃を酒と火を使って消毒し、更に手頃な棒をジャアティンの口に銜えさせる。アルクースはソードライフルを手に取り申し出る。
「私がやろう。」
アルクース以外の者は全員でジャアティンを押さえつける。
「準備はいいな。いくぞ。」
アルクースはジャアティンの右足の太股目掛けて、思いっきりソードライフルを振り下ろす。
部屋中にジャアティンの悲鳴が響き渡った。
-第3話~浮体都市地下鉄脱出計画~ ~完~
か弱い意志
最後の賭け
浮体都市の混乱
次回-最終話~浮体都市電車脱線事故の謎~
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