-第2話-
日付が変わって数時間後、監視カメラ映像から不審な影を見つけたジェンシャンはその影について話を聞くために、対策本部に向かっていた。対策本部は慌ただしく、思わずジェンシャンは一人の兵士に声を掛ける。
「何かあったのか?」
兵士は立ち止まってジェンシャンに答える。
「はい、詳しくは存じませんが・・・第3レイヤーに向かった軍の調査隊が全滅したそうです。」
驚いたジェンシャンは詳しく聞こうと歩み寄る。
「どういう事だ?一体なんの調査だ?」
「す、すみません。大した話は聞いてないもので・・・」
困り果てた顔をする兵士を見て、ジェンシャンは一歩引く。
「そうか。ありがとう。」
互いに敬礼し、ジェンシャンは対策本部の中に入った。机に両肘を置き、浮かない表情の対策本部長の前にジェンシャンが立つ。
「一体何があったのですか?調査隊が全滅したと聞きましたが。」
ジェンシャンと目を合わせず、しばらく机を向いたままだった対策本部長がゆっくりと口を開く。
「兵士9名からなる調査隊が第3レイヤーで消息を絶った。うち2名が重症を負い自力で逃げ、近くの賞金稼ぎに拾われた。彼等は今治療中だ。」
「どうしてそんな事に?」
「ゲカアウタレスに襲われたらしい。我々の想定以上にアウタレスは数を増やしている・・・」
対策本部長の言葉を聞き、ジェンシャンは間を置いて話す。
「調査隊はなんの調査を?」
「・・・第3レイヤーの被害状況だ。」
しばらく黙り込んで話す対策本部長を、ジェンシャンは怪しむ。
「第3レイヤーのゲカ研究所が目標だったのでは?」
「どうしてまたそんなことを・・・」
ジェンシャンは監視カメラ映像から得た情報をまとめた資料を、対策本部長の机に置いた。対策本部長は何も言わず、その資料を眺めていた。ジェンシャンが資料に指を差す。
「こいつは一体なんなのですか?」
対策本部長が黙って資料を読んでいると、軍や警察、賞金稼ぎ等に、大量の緊急連絡が一斉に拡散された。
「なんだ?」
一斉に拡散された緊急連絡の一つにはこう記されていた。
-第3レイヤー危険度大。罠や危険なアウタレスとの情報。戦力を持たない者はくれぐれも近付かないように。-
緊急連絡を読んだジェンシャンは対策本部長に言う。
「我々だけでなく都市の皆も何かに気付いたようですね。」
-第2話~ゲカアウタレス実験体W.I.~
都市内にいる者は第3レイヤーについての情報を拡散し、皆は第3レイヤー付近をより警戒した。この件に関して対策本部長は何も話さなかった。対策本部長が情報を隠していると踏んだジェンシャンは彼を追及する。
「第3レイヤーに何があるのですか?この影と何か関係があるのですか?答えて下さい。」
対策本部長は硬い表情のまま席を立つ。
「すまんが今は何も言えん。こちらもまだ分からない事が多い。理解してくれ。」
そう言うと、対策本部長は部屋を後にした。納得のいかないジェンシャンは何か手掛かりはないかと悩み、今も尚拡散され続ける第3レイヤーの緊急連絡に目を通した。第3レイヤーの危険箇所が記された情報を見ていたジェンシャンは、ふと思う。
(最初にこの情報を拡散した者はどうやって情報を手に入れたのか・・・その者に協力を仰げば事件の真相が掴めるかもしれない。)
早速ジェンシャンは首に外付け制工脳(サイボーグ脳でなくても外付けで使用できる簡易サイボーグ脳)を取り付け、それから延びる通信ケーブルを中継器が移植されている耳たぶに挟んだ。彼は都市内の多くが利用する管理局サーバにアクセスし、最初に届いた緊急連絡の送り主のアドレスを手に入れた。この送り主がどういう人物なのか調べるために、ジェンシャンはトゥアン国にいる自身の部下に連絡する。
「国際同盟のデータバンクでこいつが何者か調べてくれ。」
「了解しました。判明次第連絡します。」
「頼む。」
ジェンシャンがしばらく待っていると、意外と早く部下から連絡がきた。
「どうだった?」
「申し訳ありません少佐。調べたところプロクシをいくつも挟んでいるため解析に時間を要します。この者がどこにいるのかさえ分かりません。」
「いくつも串を刺しているのか・・・万全だな・・・」
考え込んだ末ジェンシャンは部下に指示を飛ばす。
「分かった。この件はしばらく保留だ。自分の持ち場に戻ってくれ。ご苦労だった。」
「いえ、では次の命令をお待ちしています。」
部下との通信を終えたジェンシャンは考えをまとめる。
(直接この者と連絡を取ってみるか・・・)
ジェンシャンは例のアドレスにこういったメールを送る。
-私はトゥアン国陸軍兼国際同盟陸軍所属のジェンシャン・ピングー少佐だ。第3レイヤーについていくつか聞きたい事がある。至急返信求む。-
彼がメールを送ると、返事が返ってくる。
-私は賞金稼ぎのシティオだ。何を聞きたい?情報に因っては報酬を求める場合がある事を頭に入れておいてくれ。-
ジェンシャンがメールを読むと、彼は直ぐに国際同盟のデータバンクにアクセスし、シティオという名の賞金稼ぎについて調べる。
(重量級パワードアーマーを駆るチニ国の賞金稼ぎか・・・目立った履歴や活動は無いな。それとも隠しているのか・・・こうなったら一気に賭けてみるか・・・)
そう考えたジェンシャンは前振りなしで本題に突っ込む。
-ゲカ研究所の防犯カメラに映った人ならざる影について知りたい。助けてくれ。-
再びメールの返事が届く。
-どこか一人になれる場所へいき、このリンクにアクセスしてくれ。-
返事のメールにはそう記されており、何らかのリンクが張られていた。
(フルダイブのリンクか・・・)
メールに張られたリンクはネット上のサイバー・スペース(電脳空間)宛てだった。ジェンシャンはセキュリティーリスクを考え外付け制工脳の警戒レベルを上げ、リンクにダイブした。すると直ぐにジェンシャンは電脳空間内で身動き取れなくなり、彼の外付け制工脳はクラックされた。彼の意識はアドレス不明のリンクに飛ばされ、気がつけば辺り白一色の部屋にいた。ジェンシャンが振り向くと、そこには重装備したパワードアーマーが立っていた。
「今晩は、ジェンシャン少佐。俺が賞金稼ぎのシティオだ。驚かせてすまない。」
ジェンシャンは驚きを隠せないでいる。
「俺に何をした?ここはどこだ?」
「すまないが俺の足跡が残らないよう少佐の外付け制工脳をちょいと弄らせてもらった・・・因みにここは俺が所有する仮想空間だ。ここなら外部からの攻撃も外部への情報漏えいも気にする必要はない。」
黙り込んだジェンシャンは冷静に考えようと必死だった。すると彼は何かに気付く。彼はこの現象に心当たりがあった。
「・・・電子攻撃に長けた高性能なコンピュータ、重装備のパワードアーマー・・・あんたもしかして・・・死鳥か?」
「そう呼ばれている。」
その言葉を聞き、ジェンシャンの顔に笑みがこぼれる。
「そうか!そういう事か!通りでいとも簡単に制工脳がクラックされる訳だ・・・確か本来のコードネームは・・・」
「イジャックスだ。」
イジャックスはジェンシャンに手を差し伸べる。彼の名はイジャックス。これはコードネームであり個人情報は知られていない。国際指名手配犯。裏社会では名を馳せる凄腕のパワードアーマー乗り。そのため常に偽名を使い重装備してパワードアーマーの本来の姿を隠している。隠密能力が非常に高い。高性能のコンピュータとパワードアーマーを持つ。初めは「不死鳥」と呼ばれていたが、本人を確認する事が非常に困難なためいつしか「死鳥」と呼ばれるようになった。生きる人工知能や実は女である、国際テロリストの「ウチヤミ」の仲間である等といった噂が絶えない。
「ジェンシャン・ピングーだ。まさか幻のパワードアーマー乗りに会えるとは・・・もう死鳥とは呼べないな。」
ジェンシャンはとても嬉しそうだった。
「いいのか?俺はあんた等が追う指名手配犯だぞ?」
「どうせなんかのとばっちりだろ?何人もの俺の仲間があんたに命を救われた・・・皆言っていたぞ、礼を言う前にはもう姿を消していたってな。」
「よしてくれ。ちゃんと報酬は受け取っている。」
ジェンシャンのテンションは尚も高い。
「ところでどうなんだ?人工知能やら女性説、国際テロリストのウチヤミとも仲がいいと聞くが実際は・・・」
「俺はそんな話をしにきた訳じゃない。」
「すまん・・・」
ジェンシャンは反省し、ふと疑問が浮かぶ。
「なぜ俺に正体を現したんだ?」
「少佐が信用に値する人間だと判断したからだ。」
「俺が?」
「ああ。第3レイヤーには危険なゲカアウタレスがいる。何か行動を起こさなければ被害が増えてしまうが、それには対策本部の協力が必要不可欠だ。だが奴等は信用できん。そんな時だ。少佐からメールを貰ったのが。直ぐ少佐の素性を調べたよ。そしたら以前行動を共にした部隊と顔見知りだったみたいだからな。それでここに呼んだという訳さ。」
「そうか。同僚に感謝しないとな・・・それで、その危険なゲカアウタレスがあの影と何か関係あるのか?」
「少佐はどこまで知っている?」
「何も知らん。只あの影と研究所がこの事件に関係しているのではと疑っていたところだ。」
「なるほど・・・この事件の真相を知りたいか?」
「ああ、早く対策を打たなければ被害が増えるからな。」
「ここからは自己責任だぞ。」
「分かった。必要なら報酬も出そう。」
ジェンシャンは身構え、イジャックスが続ける。
「今都市を襲っているゲカアウタレスはゲカ研究所による生物実験の産物だ。」
「生物実験!?」
ジェンシャンは衝撃を受けた。
「ゲカ研究所には黒い噂が複数あったが、いくつかは本物だ。奴等は非公式に違法なゲカアウタレスの生物実験を繰り返していた。」
イジャックスは集めた資料を空中に並べて表示した。
「どこでこれを?」
「チニ国本土にある研究所の本社からだ。本社と繋がりがある大学のネットワークから進入してな・・・しかしそこから得た情報はごく僅か、より詳しい資料は直接研究所に行くか関係者を捕まえないと無理だ・・・外部との交流を制限して情報管理を徹底したからだろう。」
「どうしてこんな事がまかり通るんだ?」
「まず研究所の責任者が入れ替わっても書類上はそのままになっていた。つまり元から管理がずさんだったんだよ。浮体都市とチニ国は黙認し、更にはチニ国政府自ら資金援助していた。ゲカ等の物資は第3レイヤーの海中搬出口を使って運搬されていたらしい。」
「なるほど。対策本部の情報規制や研究所への調査隊はこのためか・・・彼等はあの不気味な影の正体を知っていたのか?」
イジャックスは資料をジェンシャンの顔の前に表示する。
「多分これだ。」
資料を読み、ジェンシャンが目を細める。
「コードW.I.?」
「そいつのプロジェクト名だろう・・・『人の形や身長に類似』等記されている事から察するに、あの影を示したものだと推測できる。しかも個体取り扱い危険度最大とある事から、研究対象の中で最も危ないヤツだ・・・調査隊を襲ったのはこいつかもしれん・・・」
「・・・いずれにせよ研究所に行かなければ何も分からないか・・・それで、イジャックスは俺に何をしてほしいんだ?」
「主に物資の調達だ。装備、補給、人員を集めてくれると助かる。あとここでの俺の名はシティオだ。」
「了解だ、シティオ。なんと礼を言えばいいのか・・・」
「それは報酬を払ってから言ってもらおうか・・・ここが一通り片付いたらそちらへ向か・・・おい、まずいぞ。」
画面を見ていたシティオが突然態度を急変させた。
「どうした?何があった?」
「対策本部が再び調査隊を送ったぞ。もうすぐ第3レイヤーだ。クソ、こそこそ動くから気付くのが遅かった・・・」
「そちらで足止めできないのか?」
「やろうと思えば追いつくが、今は人命救助中だ。悪いが手が離せん。」
「!?俺との会話中、ずっと作業中だったのか!?」
「ああ、こいつのオートパイロットは優秀なもんでな。」
シティオの能力には驚かされる事が多い。
「そ、そうか。邪魔して悪かった。ではこちらで対策本部長に掛け合ってみよう。危険であると分からせなければ。」
「頼む。」
シティオとの通信は切れ、ジェンシャンは急いで対策本部に向かう。対策本部の奥では部下と画面を見つめる対策本部長がいた。ジェンシャンは対策本部長に懇願する。
「危険です。今すぐ調査隊を引き上げて下さい。」
「作戦の邪魔だ。出ていってくれ。」
対策本部長の言葉を聞いた部下がジェンシャンを摘み出そうとすると、ジェンシャンが言う。
「コードW.I.に狙われるかもしれないんですよ?」
対策本部長は部下を止め、ジェンシャンに問う。
「どこでそれを知った?」
「・・・国際同盟の捜査能力を侮ってもらっては困る。」
ジェンシャンの言葉に黙っていた対策本部長が愚痴を吐く。
「普段は何もしないくせにこういう時は働くのだな・・・見てみろ。今回は14名動員した。」
彼が指差す画面には、調査隊が映っていた。各画面は隊員のヘッドカメラの映像だった。ジェンシャンは静かにそれを見守る。
調査隊は次々出現するゲカアウタレスを打ち倒し、ついに第3レイヤーに入っていった。彼等が通路を歩いていると、不気味な低い笑い声のような音を聞いた。猿の奇声にも似た音が辺りに響き、調査隊は身構えるが、何も起きなかった。再び進んでいくと、通路に人間の体の一部が散乱していた。見てみると軍服だった。消息を絶った第一波の調査隊のものだった。酷いショックを受けた隊員の中にはその場で吐く者もいた。目的の研究所に向かう一行は、生体反応を放つボロボロな分厚いロッカーを発見する。辺りを警戒し、隊員がロッカーを開けると、そこには科学者のような格好をした男が入っていた。まるで何かに怯えるように、目をギョロギョロさせ体を震わせながら何か呟いていた。隊員達が彼をロッカーから引きずり出す。
「分かりますか?我々はチニ国陸軍です。研究所の調査に参りました。」
しかし研究者は隊員に反応せず、焦点の合わない目を動かしながら呟く。
「W.I.がくる。W.I.がくる。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい・・・」
隊員は研究者の肩を揺すり、彼と目を合わせて言う。
「しっかりしろ!あなたは研究所の関係者か?」
目と目が合い、研究者は顔に恐怖を浮かべるが、質問に答えるように首を縦に振った。
「一体何があった?W.I.とはなんだ?」
誰とも目を合わそうとしない研究者が答える。
「悪魔だよ?・・・」
挙動不審な研究者を連れて研究所に向かう調査隊は、またもや生命反応をキャッチする。彼等は慎重に進むが、その生命反応は見当たらない。
「本当にここで合っているのか?」
「間違いありません。目の前のはずですけど・・・」
隊員がそのような会話をしていると、別の隊員が上にライトを向け、微かに何かが見える。
「おい、多分上だ・・・」
調査隊が上に向かうと、悲惨な光景が目に映る。そこには第一波調査隊の隊員が数名、ぶら下げられていた。
「まさか、これで生命反応があるのかよ・・・」
確かにまだ息のある者もいた。その内の一人が目を覚ますと、別の隊員が彼を地面に降ろす準備に取り掛かる。
「大丈夫だぞー。よく頑張ったなー。今下ろしてやるからな・・・」
ぶら下がった隊員の目に力は無く、動きがゆっくりだったが、突如、彼の目が大きく開く。彼の目が何かを捉えたのか、目が何かに釘付けになっていた。仲間に訴えようにも声は出ず、体も動かない。すると、一人の隊員がその場から消えた。研究者も何かに気付いたのか、彼は奇声を上げながら第2レイヤーの方へ走っていった。隊員のヘッドカメラ映像を見ていたジェンシャンも異変に気付く。
「おい、こいつのおかしいぞ!」
ジェンシャンが指差す画面では、物凄い勢いで上に上っていく映像が映っていた。その映像を送る隊員から応答は無かった。更にまた一人その場から消えると、調査隊は気配がした方を撃ち、閃光弾を放つ。辺りが赤い光で満ちたが、そこには調査隊以外誰もいなかった。調査隊は行方不明になった隊員を捜索するも、見つからない。低い笑い声のような奇声を聞く度調査隊は反射的に構えるが、何も現れなかった。対策本部の皆は行方不明になった隊員のヘッドカメラ映像を見つめていた。すると突然、画面に人の足の様なものが横に歩いていき、映像が切れた。それを見たジェンシャンは静かに対策本部長に声を掛ける。
「今すぐ撤退した方がいい・・・」
対策本部長は無表情のままジェンシャンと目を合わせ、命令を出す。
「撤退させろ。」
調査隊は撤退中次々とゲカアウタレスと遭遇するが、彼等はアウタレスを倒しながら第2レイヤーを目指す。だが調査隊がアウタレスと戦闘する度、隊員達は一人ずつ姿を消していった。対策本部長が部下に声を荒げる。
「増援はまだ着かんのか!?」
「10分程で到着します!」
「もっと急がせろ!」
皆と同様、焦るジェンシャンは対策本部長に進言する。
「周囲の兵士、警察、賞金稼ぎを向かわせましょう。このままだと全滅です!」
対策本部長は部下に命令する。
「彼の言うとおりにしろ!」
近くにいた賞金稼ぎ達が依頼現場を捜索したが、そこには誰も残っていなかった。対策本部の皆は生き残ったヘッドカメラの映像を見ていた。すると一つの映像から低い笑い声のような奇声が聞こえた。その後影が映り、それは何かの口のように見える。その口はクチバシのような形をしており、その口はそっと微笑んだ。そして生き残っていた全てのヘッドカメラの映像が途絶えた。
-第2話~ゲカアウタレス実験体W.I.~ ~完~
地下鉄脱線事故の生存者
記録に残せない兵士
研究所へ
次回-第3話~ゲカ研究所への切り札~
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