-第3話-
第二波の調査隊が消息を絶ち、対策本部に重い空気が流れていた。第3レイヤーにはゲカアウタレスの化け物が潜んでいる。何度も被害が確認されているにも拘わらず、誰もその正体すら掴めなかった。ずっと何かを考え込んでいたジェンシャンは対策本部長に声を掛ける。
「次はどうします?」
「・・・奴ごと第3レイヤーを火の海にしてやる・・・」
対策本部長は静かに自身の決意を言葉にした。
「なら私に少し時間を下さい。あとできれば兵を貸していただきたい。」
「・・・好きにして構わない。だが兵は貸せん・・・上からの命令だ。軍は国際同盟に協力するなと。」
「そんな事言っている場合じゃ!・・・分かりました。失礼します。」
ジェンシャンは込み上げる怒りを抑え、出口に向かう。すると、対策本部長が言う。
「命令を受けたのは軍だけだ。警察や賞金稼ぎと組むなら何も文句はない。」
ジェンシャンは振り返り、退室する前に一言放つ。
「・・・感謝します。」
-第3話~ゲカ研究所への切り札~
ジェンシャンは直ぐ様ジュポ国にいる彼の戦友に連絡を入れ、戦友が通信に出る。
「ジェンシャン少佐か?どうしたこんな遅くに。まさか今スニーンにいるのか?」
ジュポ国でも浮体都市スニーンに関して政府が動いているのか、戦友は察するのが早かった。
「そうだ。実は折り入って頼みたい事があるんだが、あのキョウ・カクセ上等兵をここに送ってくれないか?」
「あいつをか?なぜ?まともな戦力にもならんぞ?」
戦友はジェンシャンの申し出を受け混乱していた。
「それ程までに状況が悪化しているんだ。察してくれ・・・彼にはまた悪夢を見せる形になるが、今すぐにでも彼の能力が必要なんだ。」
戦友は言葉に詰まる。
「しかし・・・彼はたらい回しにされ軍でもお荷物になっているんだぞ?とても使いもんになるとは思えんが・・・」
「全ての責任は私が取る。それに私なら彼は話を聞いてくれるかもしれん。お荷物が戦果を上げられるならいいだろう?それに、このまま放っておけばお荷物どころか軍の呪いになるぞ?」
「むしろ軍は彼を追い出したがっている・・・入国手続きや審査はどうするんだ?」
「緊急案件だ。いくつか省いても構わんだろう。国際同盟が間に入るからそこまで気にするな。」
戦友はしばらく黙り込む。
「・・・分かった。一応本人にも確認を取ってみよう。後悔するなよ。」
「ありがとう。助かる。」
ジュポ国との通信を終え、ジェンシャンのもとに警察が来た。彼等は今後の作戦行動について打ち合わせをし、協力を約束した。その後ジェンシャンが第1レイヤーを歩いていると、パワードアーマーに呼び止められた。シティオだった。
「シティオもご苦労だったな。人命救助はうまくいったのか?」
「ああ、人自体は多いからな。周りに手伝ってもらったよ・・・調査隊については残念だったな・・・」
「また被害が出る前に決着を付けんといかんな・・・先程応援を呼んでおいた。到着次第研究所に向かおうと思う。」
「急いだ方がいい・・・俺は地下鉄を調べてくる。」
立ち去ろうとしたシティオを、ジェンシャンが呼び止める。
「ならあいつ等も呼んでやれ。」
ジェンシャンが指を差した方には警察の特殊部隊がいた。シティオが問う。
「どうしたんだ?」
「先程要請があってな、警察も私に協力してくれる事になった。」
「ほう、やるじゃないか。人手が増えると助かるぜ。」
シティオはジェンシャンの肩を叩き警察特殊部隊のもとに向かい、ジェンシャンは彼を見送る。
「ちょっと痛かったな・・・」
数十分後、シティオからジェンシャンに通信が入る。
「少佐、地下鉄付近で生存者を発見した。これより帰投する。」
「了解。何かできる事はあるか?」
「一人の賞金稼ぎから地下鉄でのレポートを得たが、これより他に有益な情報がないか聞き出してもらいたい。」
「対策本部で事情聴取できないのか?」
「一人が重傷を負っている。浮体都市ジエシューの医療施設に緊急搬送されるだろう。少佐にはその間付き添って事情聴取してもらいたい。俺はまた都市に入る。」
「了解した。どこに向かえばいい?」
「ヘリポートだ。」
通信を終えるとジェンシャンは急いでヘリポートに向かい、輸送機の中で地下鉄の生存者達に面会した。スニーンを飛び立った輸送機の中で、ジェンシャンは生存者から話を聞き、浮体都市ジエシューで彼等と別れた。スニーンに戻る輸送機の中で、ジェンシャンはシティオに連絡を入れる。
「ジェンシャンだ。生存者の搬送が終わり今はスニーンに向かっている。」
「で、どうだった?何か聞き出せたか?」
「電車の乗客の証言からW.I.と思われる目撃談があった。監視カメラ映像に映った影が奴である可能性が高くなったな。それ以上は分からん。」
「そうか。例の応援はまだなのか?」
「もう少し待ってくれ。到着次第研究所行きの準備だ。他に何かあるか?」
「装備をいくつか用意してもらいたい。」
シティオは要求する装備のリストをジェンシャンに送り、ジェンシャンはリストを確認する。
「随分多いな。分かった。可能な限り用意する。」
「頼む。」
ジェンシャンはスニーンに戻り、装備を揃え終わると、一機の輸送機が着陸した。中から出てきたのはジェンシャンがジュポ国陸軍に応援を要請したキョウ上等兵だった。彼の名はカクセ・キョウ。27歳。男性。ジュポ国出身でジュポ国陸軍上等兵である。彼は見た目が弱弱しく、軍人のようには見えなかった。
ヘリポートに降り立つ彼をジェンシャンが迎える。
「トゥアン国陸軍のジェンシャン少佐だ。久しぶりだな。元気にしていたか?」
キョウは恐る恐る口を開く。
「どうも。ジュポ国陸軍所属のキョウ・カクセ上等兵です・・・お久しぶりです、ジェンシャン少佐・・・」
「まぁここじゃ話しづらいな。中でゆっくりしてくれ。そうだ、喉渇いてないか?何か飲むか?」
「暖かいココアとか、あると嬉しいです・・・」
まるで介護の様子を見ているような光景に、周囲にいた者達は違和感を覚えた。キョウをベンチに座らせ、ジェンシャンはまずトゥアン国にいる部下に連絡を取る。
「真夜中にご苦労。先程話したジュポ国のキョウ・カクセ上等兵がここに着いた。早速契約の手続きを頼む。」
「了解しました・・・ところでこのキョウ上等兵とは何者なのですか?資料を読んだ限りとても戦力にはならないと思いますが・・・しかも精神疾患だなんて・・・」
ジェンシャンの身を案ずる部下は資料片手に愚痴をこぼした。無理もない。キョウは配属がころころ変わり、兵としては平凡どころか完全に役立たずだった。ジェンシャンは部下に対して穏やかに話す。
「なるほど、君の世代は知らないか・・・無理もない。」
「何をですか?」
眉を寄せる部下にジェンシャンは続ける。
「5年前PKO活動中の国盟軍爆発物処理班が森でゲリラに襲撃された事件を覚えているか?」
「はい。クング国で起きた事件ですね。」
「彼はその事件の生き残りなんだよ。」
気の毒に思い、部下の声が小さくなる。
「そうだったんですか・・・しかしそれが今回の件と何が関係しているんですか?確かゲリラは追撃した国盟軍と政府軍によって敗北していますし・・・」
間を持ってジェンシャンはゆっくり話した。
「実はそれなんだが・・・ゲリラを倒したのはキョウ一人なんだ。」
部下は思わず言葉に詰まる。
「そんな馬鹿な・・・そもそも記録にはそんな事記載されていませんよ?」
「載せられないんだよ・・・載せれば問題になる。」
「大戦果じゃないですか・・・一体何があったんですか?」
「ゲリラが爆発物処理班を襲撃したところまでは事実だ・・・当時特技兵だったキョウは仲間と一緒に何日もの間必死に逃げていた。ゲリラは狩りを楽しむかのように一人一人捕まえては残虐に殺し、ついにキョウ一人だけが残った。ところが本当の悪夢はここからだ。追い詰められたキョウは頭が狂い、逃げる事をやめた。そして彼は培った技術を用いて多くの罠を仕掛け、夜な夜なゲリラを強襲した。彼が作った罠には人間の死体を解体して作ったものもある・・・それを見たゲリラは恐らく怯え、彼等は撤退した・・・」
「酷い話ですね・・・」
「話はまだ終わらないんだよ、これが・・・あろう事かキョウは逃げるゲリラ部隊を追撃したんだ・・・当時派遣されていた俺達もゲリラのSOS信号を受信している。キョウとゲリラの立場が逆転したんだよ。キョウは一人ずつ殺し、我々が現場に到着した頃には生きている人間はキョウだけだった。狂っていたキョウは我々にも牙を向けた・・・なんとか取り押さえたけどな・・・その後辺りを調べるとキョウが解体したとみられる死体がいくつも発見されたよ・・・その後軍はキョウ特技兵を公式記録から抹消した。軍の士気にも関わるからな・・・」
ずっとジェンシャンの話を聞いていた部下が口を開く。
「そんな事件があったんですか・・・世の中何があるか分かりませんね。私には想像もできません・・・しかしよく彼はここまで回復しましたね。」
「初めは口も聞けなかった・・・少し親しかった事もあり、私も彼の治療に協力した。その後彼はなんとか軍に復帰する事ができたが、無気力になる事も多く今じゃ軍のお荷物だ。周囲からも嫌な目で見られるしな・・・」
「なぜ軍は彼を退役させないんですか?」
「それは彼が辞める気がない事と、軍が彼を野放しにしたくないからだ。軍は彼から目を離す事を恐れているんだよ・・・」
「なんだか悲しいですね・・・だとするとなぜ彼を呼んだのですか?危険では?」
「私も同行すれば問題ないだろう・・・それに彼には危険を察知する能力がずば抜けている。アウターの力を持っていないのに、だ。」
「少佐も同行するんですか!?あまり危険は避けて下さいよ・・・」
「部隊を編成するから大丈夫だ。」
「・・・事情は分かりました。手続きを済ませておきます。なるべく無茶は控えて下さい。」
「努力しよう。」
部下との長話を終え、ジェンシャンはキョウと合流し、研究所へ向かう作戦について説明した。その後二人が装備を確認していると、シティオがやって来た。
「待たせて申し訳ない。それで、応援は着いたのか?」
「彼だ。」
ジェンシャンはキョウに手を向け、シティオはキョウに手を差し伸べる。
「私は賞金稼ぎのシティオだ。他に応援は?」
「彼だけだ。」
そのジェンシャンの言葉にシティオは戸惑う。
「そ、そうなのか・・・」
「はじめまして、シティオさん・・・私はジュポ国陸軍のキョウ・カクセ上等兵です・・・」
キョウの自己紹介を聞いたシティオは手を握ったまま動かない。しばらく固まったままのシティオがキョウに話す。
「キョウ上等兵はいいのか?この作戦でまたあの惨劇に遭遇するかもしれないんだぞ?」
「な、なんでそれを!?」
聞いていたジェンシャンは驚いた。手を握ったままキョウはシティオに答える。
「軍ではいつも迷惑ばかり掛けているので・・・私がお役に立てるなら嬉しいです。」
キョウとシティオが挨拶し終わると、ジェンシャンは少し距離を置きシティオを呼ぶ。
「ちょっと来てくれ。」
「どうしたんだ?内密な話なら暗号通信を送ればいいだろう・・・」
「なぜ彼の事を知っている?そもそもさっきのはなんだ?彼は精神的病を患っているんだぞ?」
「彼の記録を調べていたら軍内部の噂も出てきてな。国際同盟の機密情報と当時の通信記録を見て分かったよ・・・因みに、この程度で錯乱するならW.I.と遭遇しても役に立たんぞ。その事も彼自身理解しているようだがな・・・」
シティオの話を聞いていたジェンシャンは肩を落とし呆れる。
「まぁあんたの言うとおりだ・・・ふっ、とんでもない奴だな、あんたは・・・分かった。但し彼をあまりからかわないでくれよ。私の友人なんだ。」
「悪かったよ。ところで頼んでおいた装備はあるか?」
笑みを取り戻したジェンシャンが後ろを向く。
「ああ。そこに並べてある。準備してくれ。その間に警察特殊部隊と打ち合わせを・・・」
警察との合同作戦を予定していたジェンシャンを、シティオが遮る。
「その必要はない。俺達3人で行こう。」
ジェンシャンは驚きを隠せない。
「3人?無茶を言うな!相手が何ものか分かっているのか?」
「ああ、分かっている。だからこそだ。数を揃えれば勝てる相手ではない。俺は戦闘中何人もの仲間に構っている余裕はない。だがこの数なら大丈夫だ。更に生存能力の高いキョウ上等兵がいれば尚更心強い。少数精鋭だ。それにな・・・目立つと俺も困るんだよ・・・」
「・・・あんたがそう言うならそうなのかもしれないが・・・この戦力で奴と戦えるのか?」
「狙われやすくなって好都合だ。相手の動きが読みやすくなる。そして奴が俺達を狙ってきたらその隙を一気に叩く。逆に襲ってこなかったらそのまま研究所に辿り着ければいい。」
ジェンシャンはシティオの作戦を耳にし、深く考え決意する。
「分かった。なら今すぐ行こう。警察には別行動の旨を伝えてくる。」
「作戦を説明するのか?」
「いや、軍にも伝えずに行く。目立つと困るんだろ?」
「話が早くて助かるよ。」
「俺やキョウを危険に晒すんだ。報酬はきっちり分けるからな。」
ジェンシャンは警察のもとへ行き、シティオはキョウと一緒に装備を背負う。
「なんじゃこりゃあ・・・」
ジェンシャンはキョウとシティオのもとに戻ると目の前の光景に驚愕した。シティオのパワードアーマー中に、武器が詰まれていた。ロケット砲にグレネードランチャー、重機関銃や各種弾薬が肩や手足に装備され、正に歩く火薬庫だった。通常のパワードアーマーなら身動きすら取れないくらいの物量だ。
ジェンシャンはシティオを見て呆れる。
「大丈夫なのか。なんだか不安になってきたぞ?」
「大丈夫だ。問題ない。」
「通路の重量制限だとか、誘爆の危険性だとか・・・そもそもこれじゃあ余計に目立つんじゃ・・・」
シティオはポーズを取り、装備された全ての武器を構える。
「細かい事は気にするな。」
ジェンシャン、キョウとシティオは準備を済まし、ゲカ研究所がある第3レイヤーに向かった。
「ある意味、あんたもイカれているんだな・・・」
-第3話~ゲカ研究所への切り札~ ~完~
実験体W.I.の記録
2体の化け物
調査記録
次回-最終話~浮体都市の化け物~
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