-最終話-
ジェンシャン一行が第2レイヤーに入った頃、ゲカアウタレスの群れは勢いを落とし始めていたものの、辺りは未だ戦闘で溢れていた。中には略奪や犯罪も混じっており、警察は手を焼いていた。3人は立ち塞がるアウタレスを倒し、第3レイヤーに入った。雰囲気は変わり暗い通路を歩いていると、ジェンシャンが地面に何かを見つける。ライトを照らすと、そこには兵士の死体が転がっていた。それを見たジェンシャンは気分を悪くした。辺りには死体がいくつも見つかったが、既にスイッチが入ったのか、キョウは何も反応を示さなかった。そんな時だ。聞き覚えのある低い笑い声のような奇声が聞こえた。何かに気付いたのか、キョウは一点をずっと見つめていた。シティオも彼と同じ方向を向き、それを見ていたジェンシャンは彼等が向く方に化け物が潜んでいる事を悟る。
「いるのか?」
シティオは静かに答える。
「ああ。こちらの様子を伺っているようだ。今ゲカの数値を測定していたところだったが、なるほど。調査隊も測定に失敗する訳だ・・・」
「測定できないのか?」
「距離のせいもあるが、奴が動きまくって捕捉しづらいんだよ・・・よくあの速度で動き回れるな・・・だがな、その程度じゃ俺からは逃げられないんだよ・・・」
シティオはセンサーを切り替え、より高精度な測定器を使用する。
「結果が出た。推定約3m。ゲカ濃度13%。意外と低いな・・・知能が高いのか?・・・危険度は5、脅威度は4といったところかな・・・」
「どうする?先を進むか?」
「よし、ジェンシャン少佐は真ん中、キョウ上等兵は少佐の後ろでフォローを頼む。」
「了解。」
「・・・分かりました。」
2人はシティオの指示に従い、3人は縦の列に並び、前に進む。
「研究所を目標に進む。だが少しでも奴が近付いたら徹底的に叩く。それでいいか?」
シティオがジェンシャンに問うと、彼が答える。
「了解。それでいこう。前は頼んだぞ。」
敵がこまめに動いているのか、キョウの視線がキョロキョロしていた。敵の動きにイライラしていたシティオが突然、足を止めた。
「どうした?」
ジェンシャンが聞いてもシティオは無言だった。敵の動きに変化があったのか、ジェンシャンが全ての武装を一斉に構えた。
次の瞬間、爆音と共にシティオの体から一斉に火を噴いた。弾丸の雨が横に流れ、多くのマズルフラッシュで辺りが照らされていた。特に容赦ない機関銃においては、熱で弾詰まりしないよう交互に休ませ只ひたすらにぶっ放していた。たとえ敵が壁の向こう側にいても徹甲弾やグレネードを撃ち、壁は穴だらけになっていた。あまりの爆音に耳を塞いでいたジェンシャンが叫ぶ。
「もう止めろぉーーー!!」
しかし彼の叫びも束になった銃声にかき消された。キョウは耳を塞ぎながら敵がいる方を見ていた。敵が未だ射程内にいるのか、シティオの猛攻は終わらない。撃ちながら他の銃の弾倉を交換し、地面は薬莢で溢れる。ついに敵が離れたらしく、シティオは銃撃を止めた。周囲の照明や小物は破壊され、そこら中穴だらけになっていた。その光景にジェンシャンはドン引きする。
「お前はこの都市を沈める気か・・・」
「遊ばれているようで頭にきたんでな・・・これで相手も下手に近付かんだろう・・・」
「このやり方じゃあ奴を仕留めきれませんよ・・・」
シティオの言葉にキョウがツッコミを入れた。
-最終話~浮体都市の化け物~
シティオは敵を捕捉する度に銃弾の雨を降らし、一行は第3レイヤーを進む。そしてついに、彼等は目的のゲカ研究所に辿り着く事に成功した。辺りは暗く、薄気味悪かった。誰の気配も感じなかったが、3人はクリアリングしながら施設の中に入っていった。施設の予備電源がまだ生きていて、接触不良で点滅する照明が雰囲気を作っていた。注射器やフラスコ等の器具が床に散乱し、生き物が入っていたであろう檻は破られていた。血痕も多く、ここでどのような惨劇が繰り広げられていたのかを物語っていた。奥でサーバールームを見つけたジェンシャンが2人を呼ぶ。彼等が安全を確認すると、シティオはパワードアーマーの指から延びた通信ケーブルをサーバーの一つに繋ぎ、通信を試みる。
「ガードが高くて面倒だな・・・一度システムを落とすぞ。」
サーバーのセキュリティーは強固で、不正なアクセスを拒んだ。そこでシティオはサーバーに大量の不正アクセスを繰り返し、エラーを出させながらデータを盗み、更にはサーバーにウィルスを送っていた。膨大な処理を要求されたサーバーは温度を上げ、ついにシステムが落ちた。サーバーを再起動させると、シティオが送り込んだウィルスが働き、サーバーはシティオに支配された。しかしこれはシティオの処理能力がサーバーの処理能力を凌駕した結果だった。
「よし、システムを乗っ取った。」
「この短時間でか!?」
ジェンシャンはシティオの持つ力に恐れを覚えた。
「今データの吸い出し中だ・・・あったぞ、アウタレス実験のデータだ。関連資料をそちらに送る。」
シティオは研究所が行ったゲカアウタレス生物実験に関する資料を、サーバールームにある端末へ送った。ジェンシャンは早速その端末を操作し、キョウは隣で辺りを警戒しながらそれを見ていた。端末の画面には多くの資料が写し出され、ジェンシャンが呟く。
「すごいなこりゃ・・・ゲカ薬品、人体再生技術、動物合成実験・・・」
資料を見つめていると、合成する動物のリストを見つけ、キョウが尋ねる。
「なんですか、これ?」
「研究所はどうやらゲカを用いて様々な動物を混ぜ合わせる実験をしていたみたいだな。キメラか・・・ゲカアウタレス関連の研究は規制が厳しいのに・・・」
ジェンシャンは続ける。
「沢山あるな・・・カエル、ナマケモノ、クラゲ、カニ、サル、クモ、サメ、アザラシ、オランウータン、カモノハシ・・・」
突然ジェンシャンは止まり、キョウが彼に寄る。
「どうしたんですか?」
「人だ・・・」
「え?」
「合成リストに人が入っている・・・」
ジェンシャンは動物の合成リストにある人間について調べる。
「元囚人か・・・ベタだな・・・こいつは一体何に混ぜられたんだ・・・」
資料に載っている単語を見てジェンシャンは驚愕した。「W.I.」と記されていた。
「ゲカアウタレス実験体W.I.・・・こいつか・・・」
資料にはW.I.が檻に入っている映像や、実験の記録が詰まっていた。
資料によると、W.I.は五感が非常に優れていた。そこで研究者達はW.I.の五感の限界値を探る試験、又潜在能力の向上を謳う実験を繰り返した。強い光を何時間も交互に照らす実験、防音室で爆音を流す実験、耐熱、耐寒実験や電圧を変えての電気ショック実験、太さの違う針を皮膚に刺す実験、香水や毒ガス、催涙ガスの耐久実験、海水を飲み続ける実験、薬剤検証実験、麻薬を用いたショック療法実験等多岐にわたる。これ等の実験映像もあったが、多くはW.I.の悲鳴らしき奇声で溢れていた。実験は延々と続けられ、W.I.の様子や挙動、眼球運動が度々おかしくなっていたが、ゲカによる再生能力で毎回回復していた。W.I.は実験の度に暴れていたが、ある日を境に大人しくなった。それ以来低い笑い声のような声を発するようになり、実験を続けW.I.の五感の感知能力は以前よりも格段に上昇した。
この資料を見ている間、ジェンシャンは言葉を失った。彼が横を向くと、キョウが画面を見つめながらにやけていた。
「おい、キョウ・・・どうかしたか?」
ジェンシャンを向き、にやけたままのキョウが言う。
「彼を助けてあげないと・・・」
キョウの言葉にゾッとしたジェンシャンの後ろで、シティオがサーバーからケーブルを抜く。
「よし、データは貰った。早くここを出よう。」
ジェンシャンが端末を操作する。
「こんなやばい情報を見て大丈夫なのか?」
「サーバーは可能な限り復元した。気付いた頃には俺はもう消えている・・・だがいずれ捜査が入るはずだ。何か聞かれたら俺が盗んだと言ってくれ。」
「お前はそれでいいのか?」
「俺は賞金首だぞ、いつもの事だ。それにこんな小さい犯行なんて大したは事ない。気にするな。」
3人は研究所を離れ、第2レイヤーに向かった。
3人が帰路につくと、辺り一帯に人間の死体が飾られていた。恐らくW.I.の仕業であろうその光景にジェンシャンは気分を悪くした。すると突然、対策本部から各部隊に向けて、緊急要請の連絡が来た。聞くと、第2レイヤーにゲカアウタレス実験体W.I.が出没し、被害を抑えるべく協力してほしいとの要請だった。しかしそのゲカアウタレスの詳細を聞くと、体長4m以上の大物で、ジェンシャン一行が知っているW.I.とは別物のように聞こえた。ジェンシャンとシティオが相談していると、低い笑い声のような奇声が聞こえた。W.I.がすぐ近くにいる。ジェンシャンとシティオが振り向くと、先ほどから様子がおかしいキョウが口を開く。
「先に行って下さい・・・」
ジェンシャンは困惑する。
「何言っているんだ?」
「二人は先に行って下さい・・・ここは私がやります・・・」
「一人で相手をする気か?無茶にも程がある・・・」
「その方が楽なんですよ・・・それに、そうしないといつまで経ってもあいつは出てきてくれませんよ・・・」
シティオがキョウに尋ねる。
「死ぬ気じゃないんだな?」
「大丈夫ですよー。あいつずっと怯えてますし・・・」
「・・・そうか。」
シティオは黙り、苛立っていたジェンシャンは声を荒げる。
「冗談じゃない!こんな無謀な作戦があ・・・」
一瞬ジェンシャンが見たキョウの顔は、白く人の顔をしていなかった。5年前に見た惨劇が、ジェンシャンの脳裏に蘇る。ジェンシャンはキョウに恐怖した。黙っていたシティオが言う。
「分かった・・・こちらの用事を済ませたら迎えに来る・・・少佐、行こうか・・・」
ジェンシャンはシティオに引っ張られ、二人はその場を後にし、キョウは下を向いたまま動かなかった。
「どういうつもりだ?」
戸惑うジェンシャンに、シティオが答える。
「少佐も見ただろう。あれは人をやめた奴の顔だ・・・もうW.I.を殺さないと元には戻らんぞ・・・」
キョウは一人死体が散乱する暗い通路を歩いていた。低い笑い声のような奇声を聞く度彼は身構え、体は震えていた。キョウが振り向くと影が過ぎ去り、彼は発砲するも反応はなかった。すると突然闇から巨大な手がキョウを襲い、彼はなんとかそれを避け応戦する。再び奇声が聞こえるが、動きはない。また巨大な手がキョウを襲い、致命傷はないものの、彼の体に傷を増やした。キョウは闇との戦いを強いられ、為す術がなかった。気配がする方を向いても、化け物を捉える事ができない。心拍数が上がり、体力を消耗する。何度も聞かされた低い笑い声のような奇声が辺りに響いていた。
奇声とは別に、新たな奇声が聞こえる。キョウの笑い声だ。化け物の奇声に負けじと、彼は上を向き、口を大きく開けて笑っていた。化け物が近付くとキョウは発砲するが、化け物は回避する。化け物はキョウの姿を探し、隠れるキョウを追い詰める。横たわる死体の一つから、突然銃弾が飛んできた。シティオが死体の下に隠れていた。銃撃を避けた化け物は応戦するが、そこにはもうキョウはいなかった。人影が後ろを通り過ぎ、化け物が振り向くと、そこには誰もいない。再び死体から銃撃され、回避した怪物はまたもキョウの気配を見失う。時折何かが壊れる音が聞こえるが、そこにキョウはいなかった。キョウの笑い声の中で化け物は周りを見渡し、彼を探した。何度も闇討ちされた化け物は次第に暴れ始めた。化け物の前を人影が通り過ぎ、影を攻撃するが、化け物の腕は空を切った。今度は後ろに人影が現れ、化け物の攻撃がそれを捕らえた。攻撃を受けた人影の胴体が千切れ、地面に落ちた。よく見ると死体はキョウではなく、別人だった。死体の首が転がり、化け物の足元で止まる。その首と目と目が合った化け物は、死体の口に手榴弾が詰まれているのが見えた。目を大きく開く化け物の足元で、死体の首が爆発した。傷だらけになった化け物は痛みで悲鳴を上げるが、それをかき消すかのようにキョウの笑い声が響く。化け物が辺りをよく見ると、一帯の死体の目が開いていた。キョウの笑い声の中、化け物は震えていた。通路の奥で、笑顔のキョウが姿を現した。何もせずただ化け物を見つめながら立っていた彼に、化け物が襲い掛かる。するとキョウの目の前の床が爆発し、化け物はその穴に落ちた。地面に落ちた化け物が体を動かそうとすると、激痛が走り化け物は悲鳴を上げる。化け物の体中が何かに突き刺さっていた。よく見ると、床に尖った骨が並べられていた。その骨は折られた人間の脇腹や手足だった。化け物が落ちた穴を見上げると、そこにはキョウが立っていた。彼は化け物を見つめ、ずっとにやけていた。
痛みもあったが、何よりも溢れる恐怖で化け物はひたすら叫んだ。キョウはにやけたまま機関銃を化け物に向ける。
「おかえり・・・」
暗い通路に機関銃の音と悲鳴が響いていた。
第3レイヤーに戻ってきたシティオとジェンシャンは、通路を歩くキョウを見つけた。するとキョウは前にいたシティオに手榴弾を投げ、機関銃を撃った。しかしシティオには追加装甲もあり、本体にダメージは通らなかった。キョウはシティオを襲い、シティオは巨体の割りに素早く動き、キョウを地面に押さえた。ジェンシャンがキョウに歩み寄る。
「キョウ、私だ!ジェンシャンだ!しっかりしろ!」
それを聞いたキョウの瞳に、みるみると光が戻り、ジェンシャンがささやく。
「もう帰ろう。」
1月11日土曜日の午後、対策本部は事件の終息を発表した。この事件は後に実験ゲカアウタレス暴走事件と呼ばれた。再び精神障害を患ったカクセ・キョウ上等兵はジュポ国へ帰り、治療を受けた。ジェンシャン・ピングー少佐も彼に付き添い、後日キョウは無事退院する事ができた。尚、公開記録にはゲカアウタレス実験体W.I.に関する情報は一切記載されていない。
とある暗い部屋の中で、二人の作業員が端末の画面を見ていた。科学捜査班か、作業員は映像を解析していた。彼等が解析したファイルにはW.I.の文字が並んでいた。画面には浮体都市スニーンの監視カメラに映ったゲカアウタレス実験体W.I.らしき影が映っている。画面は地下鉄に映った影を拡大し、推定3mという文が添えられていた。続いて変電所の映像をプログラムで鮮明にし、映った影を拡大すると、化け物の形をしていた。そして研究所前の映像に映る影を拡大した。初めに銅像の頭の形が変わり、後ろの影が移動すると銅像に首はなく、影は化け物の形をしていた。研究所の敷地の3次元情報、光源の強さと位置情報、化け物の肌色や質感の情報を照らし合わせると、化け物の形をした影が少し鮮明になった。画質が悪く見づらいが、そこにはヒレの付いた大きい手足、大きい頭、クチバシのような口、丸く大きな目、頭から沢山の垂れる髪の毛のようなものを伸ばした生物が映っていた。その生物はカメラに向かってにやけていた。
-最終話~浮体都市の化け物~ ~完~
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