-第3話-
医療スタッフが見守る中、タスクの記憶が戻った。彼の本当の名はオカトキ・ジノ。ジュポ国出身の16歳だ。ジノが頻繁に見ていた夢は、彼が実際に遭遇した交通事故の記憶だった。彼と彼の家族が乗った車は峠で事故に遭い、車から放り出されたジノは崖から落ちた。彼はそこから先は覚えていなかった。車にはジノの父、母、姉が乗っていた。その事を思い出したジノはパニックに陥った。彼はひたすら家族の名前を叫び続けた。予測していたかのように、医療スタッフは用意していた精神安定剤をジノに打つ。ジノは次第に落ち着きを取り戻し、やがて彼は眠りについた。
-第3話~脳波安定化補助装置~
再び目を覚ましたジノは正気を取り戻したが、彼を待っていたのは辛い現実だった。事故に遭った彼の家族は皆、既に亡くなっていた。家族の中でジノだけが生き延びたのだ。彼は現実を受け入れられず、しばらく寝込んでいた。度々医療スタッフが夢の世界についてジノに尋ねたが、彼は関心を示さなかった。
ある日ジノが眠りから目を覚ますと、マホの膝枕を思い出した。すると彼は魔法村がなんだったのかが気になり始め、医療スタッフに声を掛けた。ジノの変化に喜んだ医療スタッフは彼に今までの経緯を語った。
ジノが運び込まれたのは、ジュポ国チタイ副都心にある、チタイ副都心大学病院だ。この病院では、昏睡状態の患者の治療に、ある医療機器が使用されている。その機器とは、脳波安定化補助装置だ。この装置は文字通り、対象の脳波の安定化を促す装置だ。主に脳波が乱れている患者に使用されている。例えば昏睡状態の患者を意識回復まで誘導する為、この装置が使われるケースが多い。あくまで補助が目的であるので、大きな効果は望めない。だがそれは患者への負担も小さい事を意味する。尚中継器や設定を変える事でサイボーグ脳にも使用は可能である。
脳波安定化補助装置の仕組みはというと、まず患者の頭に装置を取り付け、患者の脳波を読み取る。患者の脳波を解析し、患者に最適な処置を算出する。処置を実行すると装置が患者の脳波をリアルタイムで解析しながら、微弱な信号を患者の脳に送るのだ。この装置は脳波の入出力ができるようになっている。
交通事故で意識を失ったジノにも、脳波安定化補助装置が使用されていた。
ジノが入院する病院の患者に、ゲカ硬化症を患った少女がいた。ゲカ硬化症とは、特殊なゲカにより、身体が硬化していく奇病だ。昏睡状態に陥った彼女に脳波安定化補助装置が使用された。それからしばらく経つと、少女の脳波が活性化した。それに止まらず、装置を使用していた患者の脳波も、次々に活性化していった。ところが、誰一人として目を覚ます事はなかった。この奇怪な現象に、医療スタッフは事態解明に乗り出した。患者を調べた結果、皆夢を見ている可能性がある事が分かった。各患者の脳波の反応や特徴を調べていると、驚くべき事に、患者全ての脳波が互いに同期していた。
つまり、装置を付けた患者全員が同じ夢を見ている可能性があったのだ。
これがジノ達の経験した、魔法の世界の正体だった。
しかし、この装置には互いの脳波を同期させる機能は備わっていない。脳波の同期のズレや変化を調べていると、一人の脳波が他全ての脳波を制御している事も分かった。その一人とは、ゲカ硬化症の少女だった。彼女の体に潜むゲカの力で、装置のアルゴリズムを書き換えたのだ。要するに、少女が装置を乗っ取った事になる。
脳波安定化補助装置を支配したゲカ硬化症の少女は、あのマホだった。ヒカリが以前言っていたのはこの事だ。マホの本名はクオウミ・マノ。ジュポ国出身の13歳だ。
脳波安定化補助装置はマノに支配され使い物にならなかったので、医療スタッフは装置を患者から取り外した。すると患者の安定していた脳波は活性化前に戻り、装置を付けなおすと、再び脳波は回復した。
この現象は魔法村で起こった住人が消えたり戻ったりする現象の原因だった。
マノに因って患者の脳波は回復したが、患者はマノの夢に囚われる事になってしまっていた。
現状の打開を模索した医療スタッフは装置と患者の脳波を引き離す電気信号を作り、それを試した。彼等の試みは見事成功し、患者は目を覚ました。
この分離信号が、夢世界に現れた刃鼠や黒い穴の正体だった。
ところが、分離信号により意識が戻った患者全てに、何らかの障害が見られた。黒い穴、分離信号により目を覚ましたヒカリも例外ではなく、彼女は極度の人間不信に陥った。医療スタッフは直ぐに分離信号の使用を中止し、問題は振り出しに戻った。
目を覚まし口がきける患者の多くは、夢の世界に帰してくれと懇願していた。彼等の話す夢の世界に共通性が見られた為、患者が同じ夢を見ている事が確実となった。医療スタッフは目覚めた患者の中で、唯一まともに意思疎通ができる少女に、協力を求めた。
その少女は、ヒカリだった。
ヒカリの本名はシシオウ・ミミ。ジュポ国出身の18歳だ。彼女は以前飛び降り自殺を図り、飛び降りたが、奇跡的に一命を取り留めた。しかし彼女の意識は戻らず、更に彼女が落ちた際右腕は酷く潰された為、手術で切断された。夢世界でミミの腕が不自然だったのは、この為である。
ミミは意識回復後医療スタッフへの協力を断っていたが、ミミの医療ベッドの隣で眠るジノの顔を見て気が変わった。彼女は協力に同意し、脳波安定化補助装置を付けて再び夢世界に戻れるか試してみた。ミミは成功し、夢世界の経験者なら自由に行き来できる事が判明した。彼女は分離信号を感じ取れる事に気付き、練習すると、その信号を操作できるようになった。ミミが夢世界で黒い穴を出せたのは、こういう事であった。医療スタッフはミミに夢世界の調査を依頼し、彼女はそれを実行した。やがて夢世界でジノと再会し、彼を現実へ帰そうとしたが失敗し、以来ミミは心を閉ざしたままだ。
医療スタッフはジノに今までの経緯を説明し、彼にも夢世界の調査を頼んだ。医療スタッフは少し焦っているように見え、ジノはそれを問い掛けてみた。すると医療スタッフは小声で話し始めた。
病院内では、分離信号強硬派と、慎重派に分かれていた。障害を誘発する事を懸念し、慎重派は調査を進めるべきだと主張した。しかし強硬派は、手段があるなら使える内に使った方が良いと反論した。しかし、強硬派には別の思惑があった。強硬派の一部に、脳波安定化補助装置の開発、研究、あるいはメーカーと関係を持つ者達がいた。彼等にとって今回の事態は邪魔でしかないのだ。確かに患者の脳波は回復したが、それの主な原因はマノであり、装置の成果ではない。更に装置はマノに掌握され大した情報も得られず、装置の研究開発も中断を余儀なくされていた。強硬派は早くこの件を処理したかったのだ。
ジノは状況を理解したが、マノが自ら患者達を夢世界に閉じ込めているとは思えなかった。彼女の持つゲカがそうしているのだと、マノは魔法村の住人を大切に思っている。ジノはそう信じていた。
マノを助けたい。
ジノは医療スタッフに協力する事を伝えた。しかし、ジノにはもう一人、助けたい少女がいた。
ミミだった。
ジノはミミに何度も協力を求めたが、彼女は断り続けた。
「お願いします。」
「・・・やだ。」
ミミの機嫌は悪かった。と言っても、ミミは他の人間には口もきかなかったが、ジノとだけ会話していた。彼女がジノに心を開いている証拠だった。
「お願いします。ミミさんの言う事ちゃんと聞くから。」
ミミが2歳年上である事を知ったジノは以降、彼女にさん付けで話すようになっていた。その新鮮さをミミは密かに楽しんでいたが、彼女はもう十分のようだ。
「・・・ミミでいいよ。」
何度も説得するジノに、ミミはついに折れた。
ミミもジノに協力し、夢世界へ彼に付いて行く事を決めた。
準備が整い、ジノとミミは再び脳波安定化補助装置を付け、眠りに就き、夢の世界に向かうのだった。
-第3話~脳波安定化補助装置~ ~完~
特訓と試み
村の異変
黒の魔法使い
次回-第4話~夢の世界への帰還~
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