初めに光があった。
光は人と共にあった。
光は人と交わした絆を尊んだ。
しかし人はそれを拒んだ。
一部の光の使者は光の上に立とうとし、
後に影となったが、
それは光に打ち勝てなかった。
そこで影は別のものに目を向けた。
それは光がもっとも尊ぶものであった。
光の使者と影は「アウター」と呼ばれ、彼らは自らの力を地に宿した。
光の力は「ヒカ」、影の力は「ゲカ」と呼ばれ、アウターに遠く及ばないものの、
人にとっては驚異的な力だった。
この二つのアウターの力はあらゆるものを侵し、憑かれたものを、「アウタレス」と呼んだ。
ヒカは人の心の中にある聖を照らし、ゲカは闇を照らす。
アウターは殆ど干渉する事なく、ただ人の経緯を見てきた。
そして人はアウターの力を利用し、翻弄され、各々の生を歩んでいた。
-第1話-
島国の経済大国ジュポの中心近くに、副都心チタイがある。繁華街や商店街が多く並び、昼夜を問わず人で溢れていた。ミュージシャンも多く、毎日ライブハウスや路上でライブが行われていた。路上ライブを行う者は様々で、人通りの多い場所で爆音を鳴らす者もいれば、人気の無い所でひっそりと演奏する者もいた。人の行き来が激しい駅前には、特別多くのミュージシャンが路上ライブを繰り広げていた。12月の夜、駅前で一人荷物を下げ、ベンチでくつろいでいる女性がいた。名をソウヤ・モコ。26歳。ジュポ国出身の賞金稼ぎだ。
モコは手術された耳にヘッドホン型の外付け制工脳(外付け簡略式制御型人工頭脳。サイボーグ脳手術をしなくともサイボーグ脳に近い機能を使えるようにする携帯端末。)を掛け、ネットワークに繋がった。彼女は周囲を通り過ぎる人から自動的に依頼や求人を集めた。駅の利用者は多く、集まる依頼件数がどんどん増えていく。情報屋や紹介所を利用すれば簡単に依頼や求人を引き受ける事ができるのだが、モコの目的はそれではなく、チタイ副都心にはどのような依頼が集まるのか、どのような傾向があるのかといった市場調査だった。彼女はその集めた情報を基にこの地で稼げるかどうかを見るつもりだ。しばらく依頼を観覧していると、モコはため息を漏らす。
「ふぅ・・・件数は多いけどどれも似たり寄ったりだなぁ~・・・」
モコがだらだらしていると、彼女は誰かの目線に気付いた。そこにはギターケースを持った若い女性が、モコを見ていた。モコはヘッドホン型の外付け制工脳を外し、モコと目が合ったその女性は歩いてきて、モコの前で立ち止まる。
「すみませんあの、バンドメンバーが足りなくて困っていたりしませんか?」
「へ?」
-第1話~歌う二人と賞金稼ぎ~
モコに話しかけてきた女性はモコの足元にあるケースを見つめていた。それを電子ピアノのケースと勘違いしたのであろう、気付いたモコは笑顔で説明する。
「ああ、これは楽器じゃないぞ。私は賞金稼ぎなんだ。」
「そうですか。困らせてしまい申し訳ありません。」
慌てて女性が頭を下げると、モコは手を振る。
「いやいや、何も困ってないから気にするなよ・・・それより、こんな可愛い女子が夜一人でナンパとはあまり感心しないなぁ・・・相手が危ない奴だったらどうするんだ?」
女性はにっこりと微笑む。
「私はちゃんと人を選んでいますよ。」
「ほう~・・・どうやって?」
「見れば分かります。」
興味が出たモコはベンチから立ち上がる。
「ふ~ん・・・じゃああれはどう?」
モコが指差す方には駅前で演奏するバンドがいた。学生だろうか、アンプや照明等の機材がしっかりしていた。それを見た女性は自身の意見を述べる。
「ああいったバンドには声を掛けません・・・」
「どうして?演奏はいまいちだけど機材も人数も豊富じゃない?」
「まず音量が大きすぎると思います。これだと演奏に興味がない人に不快感を与えて、近くのバンドにも迷惑を掛けてしまいます。音楽は聞かせるのではなく、聞いてもらうものだと思います。次に演奏する場所も良くないと思います。混雑しているところで演奏すると、そこを通る人の邪魔になってしまいます。芸術は人に押し付けるのではなく、人を引き付けるものだと思います。あのような演奏はちゃんとしたステージかライブハウスでやるべきです・・・只それだと実力だけじゃ厳しくなりますが・・・」
真面目に、少し悲しそうに答える女性に対し、モコは興味を持つ。
「因みに聞くけどさ、なんで私に声掛けようと思ったの?」
女性は笑顔で即答する。
「勘です。」
「え?」
女性はニコニコしていた。彼女の笑顔につられてモコが笑う。
「君は面白い事を言うな~。君の演奏を聞いてみたくなった。せっかくだしここ座りなよ。」
モコはベンチに座り、空いている席へ女性を手招きした。女性はモコの隣に座り、思い出したかのように言う。
「あ、申し遅れました。私はオトシキ・ユウと申します。趣味で音楽をやっています。今はバンドに入っていないので外で演奏はしていません。」
オトシキ・ユウ、17歳の学生。ジュポ国出身である。
「私はカオリ。賞金稼ぎだ。ユウちゃんは一人で演奏はしないの?」
モコは普段使う偽名を名乗った。賞金稼ぎはよく偽名を使用する。
「はい、ソロ活動は止めました・・・時間も限られているので・・・」
ユウはどこか寂しそうな顔をしていた。
「ふ~ん。じゃあさ、練習がてら何か弾いてみてよ。」
「え、でも単独ではもう・・・」
「練習だよ。あくまで練習。ね?」
ユウは困った表情を浮かべ悩む。
「じゃあ、今練習中の曲でもいいですか?」
「お、聞かせて聞かせて。」
はしゃぐモコを見て、ユウも笑みをこぼす。ユウはアコースティックギターをケースから取り出し、音を確認した。彼女はモコと顔を合わせ頷き、開始の合図をした。ユウはギターを弾き始め、弾かれた弦は優しい音色を放ち、モコは心地よい演奏に耳を傾けた。やがて何人かの歩行者は立ち止まり、演奏を聞き入っていた。演奏が終わる頃には十数名集まり、静かな拍手をした。中にはユウの名を呼び、ユウに握手を求める者もいた。どうやら彼女のファンらしい。
「ユウさん今夜ライブするんですか?」
「いえいえ、今のは只音を確認していただけなんです。ライブはありませんよ。」
「残念だな~。応援してるんで頑張って下さい!」
ユウは礼を言い、ファンは笑顔で帰り、立ち止まっていた観客もいなくなっていた。しばらく静かだったモコはユウの実力に感心していた。モコは端末でユウの名を調べ、ネットでそこそこの知名度がある事を知る。
「すごいじゃない。ネットでも少し話題になってんじゃん。ファンもいるのか~。」
ユウの肩を叩くモコに対し、ユウは照れ笑いを浮かべた。ふと疑問が浮かんだモコがユウに問い掛ける。
「そういえばさっきのってなんて曲?聞いた事ないけどいい音色だったな~。」
ユウが照れながら答える。
「曲名はまだありません。私が作ったので・・・」
「ええ~!?すごいすごい。自分で作った曲なのか~。いい曲だったよ~。」
「えへへ。ありがとうござぁ・・・」
モコが一人で盛り上がっていると、突然ユウの意識がぼやけ、彼女は座ったままふらついた。ユウの異変に直ぐ気付いたモコはユウを抱え、彼女に呼び掛ける。
「おい、大丈夫か、しっかりしろ。」
「あ、驚かせてしまってすみません。もう大丈夫です。たまにこうなるもんで・・・」
ユウは元に戻りモコに謝罪するが、ユウの瞳に映った微かな白い影を、モコは見逃さなかった。モコは自分の荷物から端末を取り出し、それをユウの首に当てる。
「ごめんね、ちょっと確認するよ・・・」
ユウの首に当てた端末は数秒後、何らかの数値を示した。
「ヒカ1.4%・・・」
そう呟くモコにユウが問い掛ける。
「それはなんですか?」
「・・・これはアウターマテリアルを感知する装置だ・・・今君を調べたらヒカの反応が出た・・・ユウちゃんはもしかしてヒカの病気に掛かっていたりするのかな?」
少し黙ったユウは微笑む。
「あ、ばれちゃいましたか・・・ヒカ硬化症という病気です。伝染する危険性はないのでご安心下さい・・・」
「ヒカ硬化症?初めて聞くな・・・」
「物凄く珍しい病気みたいです。症状は体が固まっていって、いつか体が動かなくなって、心臓も止まっちゃうんです・・・治療法もありません。」
「この事は皆知っているの?」
「家族も友人も、多くのファンも理解してくれています。」
「そうか・・・なんだか申し訳ないね。」
「いえ、謝らないで下さい。カオリさんは何も悪くありません。只・・・」
ユウは言葉に詰まった。
「只?」
「いつか死ぬのは仕様がないと思うんですけど、それより先に音楽活動ができなくなるのが・・・ちょっと残念です・・・」
しばらく黙り、気持ちを切り替えたユウは続ける。
「だからこそ、一人でも多くの夢のお手伝いがしたいと思っています。今はそれが私の夢です。」
その言葉を聞いたモコは、何かを悟る。
「もしかして、そのために困っているバンドの助っ人をしているの?そのためにソロ活動を諦めたの?残された時間のために・・・」
「まぁそんなところです。」
優しい笑顔を見せるユウの肩を、モコはそっと抱く。
「ごめん、実は偽名使ってた。私の本当の名前はソウヤ・モコっていうの。」
ユウの閉じた瞳から、小さな涙が流れる。
「ありがとうございます。モコさん。」
時間は流れモコとユウが世間話をしていると、ギターケースを背負った一人の男性が歩いてくる。
「ユウさん今晩は。」
男性が挨拶すると、ユウも挨拶を返す。
「今晩は、ジュウ君。」
男性の名はカフミ・ジュウ。ユウと同い年の17歳。ジュポ国出身である。
ユウはジュウに手を向け、彼をモコに紹介する。
「同級生のカフミ・ジュウ君です。彼も音楽活動をしています。」
「どうも、カフミ・ジュウです。」
ジュウがふわふわした笑顔でお辞儀すると、ユウはモコも紹介しようとする。
「えっと、この方は・・・」
「今晩は。私は賞金稼ぎのカオリ。さっきユウちゃんと知り合ったばかりよ。」
偽名の件もあり、ユウは言葉に詰まるが、モコが彼女を遮った。モコはやはり偽名を用いた。ユウはジュウについて付け加える。
「因みに彼はソロで活動しているんですよ。歌詞を作るのが得意なんです。」
モコが食い付く。
「へぇ、バンドは組まないの?今ならユウちゃんと組めるチャンスだぞ。作曲もできるし。」
「ジュウ君を前から何度も誘っているんですけど、いつも断られています。」
残念そうに語るユウを前に、ジュウが口を開く。
「それはありがたいですけど、ユウさんの手を借りたいバンドは一杯いますから・・・」
「そんな事言ってると~、ユウちゃん別の男に取られちゃうぞ~?」
にやけるモコを前に、ユウとジュウは苦笑する。
「あははは・・・」
ジュウが二人と別れた後、ユウは時計を残念そうに見つめる。
「そろそろ帰らないといけないですね・・・」
「夜遅く女子一人で出歩くのはあまり良くないからね。いい判断だ。」
「ありがとうございます。明日は病院で検査もあるのでしっかり寝ないとですね。」
モコは何気に尋ねる。
「そっか、どこの病院?」
「チタイ副都心大学病院です。」
「大学病院・・・?」
「はい・・・どうかしました?」
何か引っかかると感じたモコは考え込み、突然彼女はハッとなる。
「あ!医者のイヨ先生って知ってる?」
「はい、私を担当している医師です。」
困惑気味のユウを余所に、モコのテンションが上がる。
「そうなのか~。いや~、その医者とは前に仕事で知り合ってね~・・・彼に宜しく言っといてよ。」
「分かりました。伝えておきます。」
「あ、ごめんね、引き止めちゃって。早く帰らなきゃね。」
モコは慌ててベンチから腰を上げ、ユウに手を差し伸べた。ユウはモコの手を取り、彼女に引き上げられる。
「いえいえ、楽しくてあっという間でした。ありがとうございます。モコさんはしばらくこの街に止まるんですか?」
「そうだね、しばらくいるつもりだよ。だからユウちゃんとはまた会えるかもね。」
「そうですか、それは嬉しいです。また会える事を楽しみにしています。」
「ユウちゃんの夢を応援してるよ。」
「ありがとうございます。モコさんもお元気で。」
モコは手を振るユウを見送り、二人は別れた。
モコとユウが出会って数日後の昼、ユウは定期検査のためチタイ副都心大学病院を訪れていた。彼女は特殊な機材がある部屋に向かうため、人が少ない通路を進む。彼女は一人で部屋の外にあるソファに座り、名前が呼ばれるのを待っていた。ほぼ普段通りの光景だが、今日はいつもと様子が違っていた。いつもならこの部屋で検査を受けるのはユウ一人だけなのだが、今日はどうやら先客がいるらしい。自分と同じ病を持つ人間が他にもいるのだろうか?その人は一体どんな人なのだろうか?そもそも同じ病なのだろうか?ユウが思考を巡らしていると、部屋の扉が開いた。彼女が顔を上げると、そこには馴染みのある人物が立っていた。ジュウだった。突然の再開に、ユウは開いた口が塞がらなかった。
「ジュウ君?」
「お久しぶり、ユウさん。」
この二人の再開が、新たな歌を生む。
-第1話~歌う二人と賞金稼ぎ~ ~完~
二人の病
モコへの依頼
二人の夢
次回-第2話~ユウとジュウの道~
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