-第2話-
ヒカ硬化症という奇病に侵された女子学生のユウは、彼女が通院しているチタイ副都心大学病院に来ていた。彼女は彼女以外の患者が訪れる事がなかった診察室の入り口で、彼女の同級生の男子、ジュウと再開した。ジュウに気付いたユウは動揺を隠し切れないでいる。
「どうしてジュウ君がここにいるの?」
ユウの口は少し振るえ、ジュウは普段通り彼女に微笑みかける。
「ちょっと調べる事があってね・・・ユウさんの病って、ヒカ硬化症っていうんだね。」
「・・・うん・・・でもどうしてそれを?」
「僕も、同じ病気に掛かったみたいなんだ。」
ジュウの言葉を聞いたユウの目と口が大きく開き、彼女はゆっくりと手で口を塞いだ。瞳は大きく揺らぎ、彼女は立ったまま動けずにいた。ジュウは相変わらず微笑んでいたが、いつもより凛々しく見えた。
-第2話~ユウとジュウの道~
ジュウはとりあえず動揺していたユウを廊下にあるソファに座らせ、彼も彼女の隣に腰掛けた。ユウは下を向いたまま、口を開く。
「・・・いつから病気に掛かっていたの?」
「今週体中が痛くなって、病院で検査してもらったんだ。その時自分の体から、ヒカが見つかった。より詳しく体を調べるためにこの病院で検査を受けた。そして今日はその検査結果を聞きに来たんだ。ヒカ硬化症・・・この病について説明を聞いていたら、ユウさんの病気の事を思い出してね・・・同じ病気だって気付いたよ・・・医者は何も言ってくれなかったけど・・・」
「ごめんなさい・・・」
「え?」
以前下を向いたまま、弱弱しい言葉を吐くユウにジュウは驚いた。
「・・・もしかしたら、私のせいかもしれない・・・」
「どうして?」
「私が病気を持っているから、ジュウ君に悪さしたかもしれない。」
「でも、ヒカ硬化症はとても稀で、発症する原因もまだ分かっていないんだよ?」
「だから・・・私が原因になっている可能性だってあるんだよ?滅多にない病気なのに、それに掛かって・・・しかも私に近い人が、同じ病気で苦しむ事になるなんて・・・偶然じゃないんじゃないかな・・・」
二人はしばらく黙り、ジュウが上を向く。
「確かに体は苦しむかもしれないけど、僕はユウさんに感謝しているんだ。」
ジュウの突然の言葉に、ユウは戸惑う。
「・・・なんで?」
「ユウさんという前例があったから、早い段階で僕の病気が特定できたんだ。どんな病気も早期発見は大事なんだよ。」
「でも治療法はまだ見つかってないよ?それじゃあ意味が・・・」
否定的な言葉を放つユウを、ジュウが遮る。
「それにね、僕はこの病気に掛かって少し嬉しいんだ。」
「嬉しい?どうして?」
「僕の体が治れば、ユウさんの体を治す手掛かりになるかもしれない。」
「・・・そっか・・・」
「ね?」
「・・・そうだね。私の体が治れば、ジュウ君の体を治す事に繋がるんだね。」
「僕はそう信じているよ。」
ジュウはユウの肩に腕を回し、彼女をそっと抱き寄せた。二人はしばらく静かになった。その二人を診察室から見守る男がいた。名をヒミタ・イヨ。ジュポ国出身の40歳。ユウとジュウの担当医だ。
二人を蝕むヒカ硬化症の治療法を模索しているが、有効な方法を未だ見付けられずにいた。
「くそっ・・・」
イヨ先生は自身の無力さに苛立っていた。本来はユウの診察時間だったが、イヨ先生はしばらく二人をそっとしておいた。
後日、賞金稼ぎのモコはチタイ副都心大学病院を訪れていた。ユウからモコの話を聞いたイヨ先生がモコに連絡を入れ、彼女を病院に呼んだのである。モコはイヨ先生がいる部屋の前に立ち、ノックし扉を開く。
「久しぶり~、イヨ先生。」
モコはイヨ先生に向け軽く手を上げ、机で作業をしていた彼はモコに振り向く。
「おう、来たか。元気だったか?とりあえず座ってくれ。」
「どうも~。」
モコはソファに座り、イヨ先生は彼女にお茶を出す。
「仕事はどうだ?」
「ついこの前はクング国で仕事していたんだけどね~。国際同盟が邪魔で思った程は稼げなかったよ。しばらくはここでゆったりと稼ぐつもりさ。」
「そうか。モコは今引き受けている仕事はあるか?実は依頼があるのだが。」
「いいだろう、聞かせてくれ。」
「女子学生のオトシキ・ユウを覚えているか?」
「ああ、あのギター持った女の子か。先生の患者なんだろ?確か、ヒカの病気だっけか?」
「ヒカ硬化症だ。」
「どんな病気なんだ?」
「早い話が体の何もかもが固まって死ぬ病だ。症例が少なく治療法もまだ確立されていない。細胞は動かなくなり、体中の水分も消える。まぁその頃には神経もやられて既に亡くなった後だがな・・・」
「酷いな・・・」
「初めは運動障害や体の痛み等を訴えた事から、多発性硬化症、強直性脊椎炎、筋ジストロフィーが疑われた。ユウの体からヒカが検出された後、私に彼女の話がきた。私が彼女の細胞を調べたら細胞は硬化を始めていた。恐らく物体の分子構造の強度を高める性質を持ったヒカが原因だろう。ゲカで強度を増した合金や強化樹脂をたまに見るだろ?きっとそれと同じたぐいだ。」
「ゲカで中和できないのか?貴重なヒカと違ってゲカなら集めるのはそう難しくはないだろう。それに、いくらヒカがゲカより強力でも、ゲカの量が多ければ打ち消せるはずだ。」
「それができるならやっているよ・・・そもそも人類はヒカやゲカが何で出来ているのかさえ分かっていない。只分かっているのは、アウターマテリアルは人に強く反応する様々な力だという事だけだ。これ等に頼るのは危険すぎる。」
ヒカとゲカというアウターマテリアルは様々な能力を秘めているが、個体差が激しく、濃度が高いと取り扱いに細心の注意を払わなければならなかった。アウターマテリアルは未だ解明されておらず、なぜこれ等に力が宿っているのか分かっていない。強力で高い能力を持つヒカは取れる量が非常に少なく、それに反発する性質を持つゲカは見つけやすく量も多いが、力はヒカには及ばず周囲に悪影響を与えやすい。病について考える事をやめたモコはイヨ先生を見つめる。
「・・・それで?ユウが依頼になんの関係があるんだ?」
「彼女を守ってほしい。」
「守る?彼女は誰かに狙われているのか?」
「それはまだ分からない。」
「どういう事だ?」
「彼女のデータを狙っている者がいる。恐らく欲しいのはヒカ硬化症に関する情報だろう。この前も病院のサーバーのクラックを狙ったサイバー攻撃があった。その際ユウの医療情報の一部が抜き取られた。ヒカ硬化症に関する資料に不正アクセスが度々確認されている。」
「犯人は誰なんだ?」
「まだ分からない。今警察が調べている。」
「しかしヒカ硬化症にそこまでの価値があるのか?治療法を盗むなら話は分かるが・・・」
「分からないが病そのものではなく、その性質が狙いなのかもしれん。過去に外国で兵士の皮膚を硬化させる実験もあったらしいからな。ヒカ硬化症が解明されれば色んな分野に転用できるかもしれない・・・」
「もしユウを保護したいのなら、警備会社に頼んだ方がいいんじゃないか?」
「敵がユウ本人を狙っているか分からないが、可能性があるなら守らなければならない。但し、なるべく本人に気付かれないようにしたい。」
「彼女に気付かれないように護衛しろと言うのか?」
「敵にもばれないようにな。これ以上のストレスは病にどのような影響を及ぼすか分からん。既に病による疲労で彼女の症状は悪化している・・・それに君は彼女の友人になったのだろう?なら彼女の精神的な支えにもなるはずだ。」
「ん~・・・つまりヒカ硬化症の情報を狙う犯人が見つかるまで、ユウや敵に気付かれずに彼女を護衛しろ、と。」
モコは悩んでいた。ユウの事を気に入っていた彼女は何が最善かを考えていた。しかし、イヨ先生の要求はこれだけではない。
「実はまだあるんだ。」
「なんだ?」
「もう一人守って欲しい。彼女の同級生、カフミ・ジュウという男もヒカ硬化症に掛かってしまった・・・」
「あの男子か!?なんで!?いつ?」
モコの表情が変わった。ジュウとは少しだけ言葉を交わしたが、モコは彼の事を覚えていた。
「彼を知っているのか・・・病気は今週発覚したよ・・・」
「そう、なのか・・・てか待て、二人の護衛なんて無理だ。しかもばれずにだろ?一人でも厳しいのに・・・」
「信頼できる仲間はいないのか?」
「一人の護衛でも数人は欲しい。ましては二人となると更に難しくなるぞ・・・」
「なんとかできないか?」
「うーん・・・同棲しているならともかくなぁ~・・・あっ。」
何かを閃いたモコの目つきが変わる。
「私にいい考えがある。」
「その台詞を聞いてろくな事がないのだが・・・」
イヨ先生はすごく不安そうだった。
「カオリさん、僕達に話ってなんだろう。ユウさんは何か聞いている?」
「いや、聞いてないよ。」
ユウとジュウはユウの家でモコが来るのを待っていた。話があるとモコが二人を呼んでいた。ユウとジュウの家族は何事かとソワソワしていると、モコが到着した。テーブルを前に、席に着くユウとジュウを見るとモコは微笑み、二人に向き合うように席に着いた。モコは両手をテーブルの上に乗せ、ニヤリと微笑む。
「ユウとジュウはバンドを組め。」
「え?」
モコの言葉に場が困惑した。ジュウが質問を投げかける。
「どういう事ですか、カオリさん?」
「いやぁ、実は私、バンドのプロデューサーになる夢があったのよ~。一度は諦めてたけど、二人に出会って決心した・・・という訳で私がプロデュースするから二人はバンドを組みなさい。あ、因みにジュウ君、私の本名はソウヤ・モコ。カオリは偽名よ。」
(???)
戸惑うジュウを余所に、今度はユウがモコに問い掛ける。
「でも私には病が・・・それに・・・」
「ジュウ君も同じ病なんでしょ?イヨ先生から聞いたわ。」
「だったら尚更・・・」
「だからこそよ・・・二人は同じ病を持っている。互いの痛みを理解できるから無理に気遣う必要もない。音楽活動も、日常生活も、二人は互いに重要な理解者なんだ。」
「二人共危なくなったらどうすれば・・・」
「だから私がいるのよ。大丈夫。二人は私が守るから。それにね、二人共音楽で誰かを幸せにしたいと願っているんでしょ?だからユウちゃんはジュウ君のために、ジュウ君はユウちゃんのために音楽を続ければいいんじゃないかな?二人で支えあえば夢の力は大きくなって、いつかは病気の力が小さくなるかもしれない・・・どう?私の夢にも協力してくれないかな?」
それからしばらく、沈黙が流れた。ユウとジュウは見つめ合い、無言の会話を始めた。ユウはどうしたいのか、ジュウは何がしたいのか。二人の心の中で、葛藤が渦巻く。ユウとジュウの家族が息を呑み影から彼等を見守る中、ユウが沈黙を破る。
「私は今でもジュウ君とバンドを組んでみたいと思っているよ。」
ユウのキラキラした瞳を見つめ、ジュウの意志がより一層強くなる。
「僕もユウさんの力になるよ。」
「よっしゃぁあああああ!!!」
ユウとジュウの会話を聞いていたモコのテンションが一気に高まった。
「早速だが二人共、最初の仕事だ。まずはやっぱりバンド名だろう。」
「はい。」
その後ユウとジュウはノートを前に、どのようなバンド名にするかを話し合っていた。楽しそうな二人を見たユウとジュウの家族は、安堵の表情を浮かべていた。モコが何者なのかいまいち分からなかったが、ユウとジュウが掴んだ新たな希望を、彼等は応援していた。そしてバンド名を考えた二人が皆の前でそれを発表する。
ユウとジュウのバンド名は、「カインド・ソフト・ソング」に決まった。
-第2話~ユウとジュウの道~ ~完~
モコの嘘
治療の可能性
ライブの失態
次回-第3話~ユウとジュウの希望~
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