初めに光があった。
光は人と共にあった。
光は人と交わした絆を尊んだ。
しかし人はそれを拒んだ。
一部の光の使者は光の上に立とうとし、
後に影となったが、
それは光に打ち勝てなかった。
そこで影は別のものに目を向けた。
それは光がもっとも尊ぶものであった。
光の使者と影は「アウター」と呼ばれ、彼らは自らの力を地に宿した。
光の力は「ヒカ」、影の力は「ゲカ」と呼ばれ、アウターに遠く及ばないものの、
人にとっては驚異的な力だった。
この二つのアウターの力はあらゆるものを侵し、憑かれたものを、「アウタレス」と呼んだ。
ヒカは人の心の中にある聖を照らし、ゲカは闇を照らす。
アウターは殆ど干渉する事なく、ただ人の経緯を見てきた。
そして人はアウターの力を利用し、翻弄され、各々の生を歩んでいた。
-第1話-
古くから多国に強い影響力を持つ先進国ウキンの西側に、古くからいがみ合う2つの都市がある。東アイノス市と西アイノス市だ。東アイノス市にはウキン国からの移住民、西アイノス市には原住民が多く住んでいる。元々アイノスは1つの都市で、移住民と原住民は混ざって生活していた。ところが時が進むにつれ原住民は独立を訴え、少数派になる事を恐れた移住民はこれに反対した。これを機に2つの民族は衝突を始め、民族紛争に発展した。ウキン国は事態を打開するためアイノス市を東西に分けたが、互いの関係は更に悪化した。紛争が起こる度にウキン国は直接統治で介入し、この流れを何度か繰り返していた。ウキン国政府がこの問題に頭を抱え、なるべく触れないように振舞っていた。ウキン国政府があまり手を出さない事をいい事に、西アイノス市は東アイノス市に多くの差別や嫌がらせ行為を続けた。西アイノス市住民による東西の境界線上での犯罪行為等が問題視される中、衝突を避けたい東アイノス市議会の行動は消極的だった。
東アイノス市西側の森の手前に、4人の大学3年生が集まっていた。彼らは大学の野生観察クラブに在籍し、クラブ活動の一環として時折この森を訪れていた。
「今日は参加できなくてごめんね。でもみんなの弁当作ってきたから、よかったら後で食べてね。」
女子が鞄から弁当を出し、男子に手渡した。女子の名はベッフィー・アクストロン。21歳。ベッフィーの弁当を受け取った男子の名はウェスター・ノーブロー。同じく21歳。ウェスターが口を開く。
「今日は弟の墓参りだよね、しょうがないよ。でもわざわざ弁当を作ってきてくれてありがとう。後でおいしくいただくよ。」
この日はベッフィーの弟の命日だった。彼女の弟は過去に起こった西アイノス市住民の暴動の被害者だった。弟は祖父と買い物に出掛けた際暴動に遭遇し、逃げ遅れた二人は集団暴行に遭い、絶命したのだ。
ウェスター達はベッフィーと別れ、3人は森に入っていった。森に入ったのはウェスターともう一人の男子部員、そして女子部員のヴィオス・ニュージュリー、21歳だった。
-第1話~東アイノス市の3人~
野生観察クラブの3人はしばらく活動していると、天気が悪くなった。3人は仕方なく予定を早めて移動していると、一軒の小屋を見つけた。以前はこのような場所に小屋は無かった。調べてみると、一人の老人が住んでいた。話を聞くとこの老人は西アイノス市の住人で、経済的理由からこの森に不法滞在しているらしい。更にこの老人以外にも、様々な理由でこの森に不法滞在している者達がいるという。野生観察クラブの3人が老人の話を聞いていると、老人の小屋の周りに人が集まってきた。西アイノス市の不法滞在者達だ。3人が不安になる中老人は周囲に事情を説明し、3人は無害であると説明した。ところが周囲はそれを聞き入れなかった。老人やウェスター達は敵じゃない事を訴え続けたが、不法滞在者達は無視し、ウェスター達3人に暴行した。
「彼女から離れろぉおおお!!!」
ヴィオスが暴行される様子を見ていた男子部員は憤りを感じ、周囲の者達に立ち向かったが、数に圧倒され返り討ちに遭った。激怒した周囲は男子部員により強く暴行した。成績優秀なウェスターでさえ何もできず、ただ耐えるのが精一杯だった。
3人に対する暴行は西アイノス市の警察が来るまで続いた。この事件を知った西アイノス市役員は東アイノス市内で起こった事実を隠蔽するため、3人を拘束し西アイノス市内の留置場に送った。その頃、3人と連絡が取れない事に不安を覚えたベッフィーは各家庭と警察に連絡を入れていた。
ウェスター達3人は暴行から解放されたものの、手当ては行われず留置場に放置されていた。中でも男子部員の容体は酷く、すぐにでも治療を受ける必要があった。ウェスターは男子部員の治療を要求したが無視され、男子部員は次第に静かになっていった。
しばらくすると留置場にある男が訪れた。西アイノス市市長だ。市長に気付いたウェスターは気力を取り戻し、市長に助けを求めた。ところがいくら懇願しても、市長は反応を示さずただ3人を観察していた。市長はウェスターに歩み寄る。
「残念だが君達を助ける事はできない。」
その言葉を聞いたウェスターは一瞬言葉を失い、彼は口を開く。
「・・・どうしてですか?」
「君達が我々とは違うからだよ。」
「どう違うのですか!?同じ人間じゃないですか!!」
余りにも理不尽な言葉にウェスターは声を荒げた。
「恨むなら自分の生まれを恨むがいい・・・」
市長はそう言い残し、その場を後にした。絶望に落とされたウェスターの目は光を失い、彼は考える事をやめた。
その後西アイノス市と東アイノス市の間で協議が持たれ、東アイノス市職員が3人を引き取りにやって来た。野生観察クラブの3名はすぐ様東アイノス市病院に運ばれたが、搬送先の病院で男子部員の死亡が確認された。西アイノス市はこの事件について報道したが、野生観察クラブの3名が不法侵入した等といった事実とは異なる内容だった。これに対し東アイノス市は遺憾の意を表明し、暴行犯グループの引き渡しを要求したが、それ以上は何もしなかった。西アイノス市の弱腰な姿勢に市民は反発したものの、民族問題の表面化による支持率低下を避けたいウキン国政府は事態が自然に沈静化する事を期待した。市議会や政府の動向を見たウェスターは彼等の対応に失望した。ヴィオスの体は回復していったが、事件以来彼女は引きこもる様になっていた。
病院を退院したウェスターは東西の民族問題について調べるため、「アイノス民族問題被害者の会」の会合に出席した。会合にはウェスターと似たような酷い体験をした者が多くいた。被害が報告されている多くの案件は未解決のままで、民族問題は何も進展していない事が分かった。被害者の中にはベッフィーの弟と祖父も含まれ、彼等の事件も未解決のままだった。この理不尽で残酷な事実を目の当たりにしたウェスターの胸に、じわじわと込み上げてくるものがあった。そして彼の脳裏にある考えが生まれた。
ある雨の日、ウェスターが男子部員の墓参りに来ると、そこにはベッフィーがいた。ベッフィーは涙を流し、ウェスターと顔を合わせると、更に涙を流した。ウェスターはそっと彼女を抱き寄せ、今まで秘めていた決意を固め、彼の目つきが変わる。
「もう大丈夫だよ・・・俺がなんとかするから・・・」
「え・・・?」
話の内容よりもウェスターの口調が変わった事に、ベッフィーは驚いていた。
数日後、ウェスターはヴィオスのもとを訪れていた。彼女は相変わらず部屋に引きこもり自分の人生を悲観していた。
「・・・もう私生きていたくないよ・・・」
「・・・なら新しい人生を歩んでみたくないか?」
ウェスターの不意の言葉にヴィオスは戸惑った。
「俺が新しい人生を与えてやる。生きる目的を。」
「・・・何をするの?」
「俺は西アイノス市を破壊する。」
決意に満ちた彼の心には、どす黒い何かが芽生えていた。
東アイノス市大学生集団暴行事件から1年が経ち、森林が好きなベッフィーは志望通り警察庁東西境界警備隊に入隊し、ヴィオスは音信不通になり、ウェスターは志望していた進路を大きく変え幹部候補生としてウキン国陸軍に入隊した。
-第1話~東アイノス市の3人~ ~完~
クーデターの噂
ウェスターの告白
ベッフィーとの待ち合わせ
次回-第2話~クーデターの疑惑~
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