-第2話-
東アイノス市大学生集団暴行事件から5年、ウェスターが陸軍に幹部候補生として入隊して以来、自身が持つ能力や人脈を最大限活用し、スピード出世を続けていた。27歳になった彼は大尉に昇格したばかりだ。一方警察庁の東西境界警備隊に入隊したベッフィーは抜群の運動神経や判断力を示し評価を上げ、教官を担える程に成長していた。しかし彼女は多忙を極めるウェスターと会う機会は殆ど無かった。
ベッフィーが普段通り部下の訓練に付き合っていると、一人の軍人が訪ねてきた。その軍人はベッフィーに頼みごとを伝えに来ていた。自己紹介を済ませると軍人は言う。
「あなたにお願いがあります。陸軍に入隊して下さい。」
-第2話~クーデターの疑惑~
ベッフィーは彼女に会いに来た軍人を空いている会議室に案内した。すると軍人は電波探知機等を取り出し、部屋を調べた。
「ここに盗聴器なんて無いよ。あんた何もんだ?人事部じゃないね。てか、それ程やばい話なの?」
ベッフィーが聞くと軍人は作業を終え、彼女に答える。
「私は公安の者だ。君は素晴らしい才能を持っている。是非その能力を軍で活用して欲しい。それともう一つ、君に頼みたい事がある・・・ウェスター・ノーブロー大尉の内偵調査だ。」
「!?・・・どういう事?」
ベッフィーは衝撃的な発言に驚きを隠せなかったが、公安の者はその後彼女に事情を説明した。
公安の話によると、ある時期から軍の中でクーデターを計画している反乱分子の情報が流れ始めた。それはちょうどウェスターが陸軍に入隊した頃と重なっている。公安は早速捜査を始め、人柄や普段の生活等を監視し疑惑のある者を調べ上げた。彼等の多くにはある共通点があった。それは彼等が皆「アイノス民族問題被害者の会」の常連である事だ。中には陸軍幹部も複数確認され、その幹部達はウェスターと何かしらの接点があった。ウェスターの出世の早さには彼等が大きく関わっていたのだ。公安はウェスターが反乱分子の重要人物として捉え、引き続き捜査を進めた。ウェスターはサイボーグ脳手術を受けており公安は彼の通信を傍受しようとしたが、セキュリティーが硬く情報はあまり得られなかった。尚あらゆる方法で捜査を進める公安であったが、クーデターの手掛かりは全く掴めずにいた。これは恐らく完成されたクーデターの計画を前もってメンバーに伝えておいたか、主要メンバーにだけ計画を知らせ残りは指示を待つ等といった情報漏洩を防止する処置によるものと推測された。時間が経過し、最近になってクーデターの噂が急に減り始めた。クーデターの決行が近付いている可能性が高いと見た公安は焦っていた。そこで公安が目を付けたのが、ウェスターと長い付き合いのある親友、ベッフィーだった。彼女が軍に入りウェスターと接触し続ければ彼はボロを出す可能性があると公安は踏んだのである。
公安の話を聞いたベッフィーは彼等の提案を承諾した。ベッフィー自身ウェスターの事が気になり、もし彼が反乱を計画しているなら彼を止めたいと思っていた。こうしてベッフィーは軍にスカウトされる形で東西境界警備隊を辞職し、陸軍曹長としてレンジャー部隊への入隊が決まった。
何故かベッフィーを慕っていた東西境界警備隊の部下達が数名彼女を追って軍に入隊した。
軍に入隊したベッフィーは早速ウェスターのもとへ出向き、彼と頻繁に会った。ウェスターは初めベッフィーの入隊に驚いた様子だったが、彼女の実力を聞きウェスターは大いに喜んでいた。彼の性格は変わっていたものの、ベッフィーは彼にどこか懐かしさを感じていた。ベッフィーは怪しまれない程度にウェスターに接触し続けたがクーデターに繋がる様な情報は何も得られなかった。
ベッフィーに新たな部下が配属され彼女が軍の生活に慣れ始めていた頃、ウェスターに会おうとした彼女の前に一人の女性兵士が現れた。名をウェラー少尉。特殊部隊に所属している彼女はベッフィーに近付いてくる。
「彼に付きまとうのはもうやめてくれないかな?ベッフィー。」
ベッフィーはウェラーと会うのは初めてだったが、ベッフィーは彼女に見覚えがあるように感じていた。
「どうして?」
「彼は忙しいの。もうこれ以上彼の仕事の邪魔はしないで。」
ウェラーの声を聞き、ベッフィーは何かに気付く。彼女の声がヴィオスにそっくりだったのだ。改めてウェラーをよく見てみると、ヴィオスの面影が残っていた。
「あんた・・・もしかしてヴィオスなの?」
ベッフィーが不意に問い掛けるとウェラーは一瞬止まり、思わず笑みをこぼす。
「さぁ・・・忘れたわ、そんな名前。」
ウェラーはそう言い残し、ベッフィーは彼女がヴィオスである事を確信した。ヴィオスの顔は変わっており、恐らく彼女は整形で別人になりウェスターの後を追って軍に入ったのだろう。
ベッフィーがウェラーと会って以来、ベッフィーがウェスターに会おうとするとよくウェラーの邪魔が入った。ベッフィーはクーデターの手掛かりを探していたが、時間だけが無駄に過ぎていった。クーデターに関する情報を何も得られずにイライラしていたベッフィーは吹っ切れ、捜査方法を大幅に見直す事にした。彼女は自らクーデターの噂を流し、軍内部に広めた。もちろん全て彼女のでっち上げである。ベッフィーは軍内部の反乱分子がボロを出すまで捏造した噂を広め続けた。
ベッフィーが広めたデタラメに効果があったのか、ある日彼女はウェスターに話があると呼び出された。彼が指定した場所は基地の外にある人気の無い路地裏だった。罠を警戒したベッフィーは信頼できる部下に事情を説明し、彼等を路地裏の周囲に張り込ませた。ベッフィーが一人夜の路地裏で待っていると、人気を感じた。彼女は腰のハンドガンに手を伸ばして警戒していると、向こうからウェスターがやってきた。彼の後ろにはウェラーもいた。二人はベッフィーに近付き、ベッフィーも腰から手を引いた。ウェラーはすぐに何者かが彼等を見張っている事に気付き、常に周りを見渡していた。ウェスターに付き添っていたのはウェラーのみで、彼等は二人だけで来ていた。ウェスターの警護はウェラー一人で十分であると判断したのだろう。彼女はそれ程優秀だった。
久しぶりに野生観察クラブの元メンバーがこうして揃ったのだが、そこには重々しい空気が流れていた。彼等が軽く挨拶を済ませると、ウェスターはベッフィーを呼んだ理由を話し始めた。彼はクーデターの噂は真実であると告白し、そのクーデターに自身が関わっている事を話した。しかしその目的はクーデターを起こす事ではなく、クーデターを阻止するための潜入捜査であるとウェスターは説明した。彼によるとクーデターの決行日は東アイノス市の軍事パレードが行われる3月23日の日曜日らしい。ウェスターに呼び出されたこの日は1月25日の土曜日なので残された時間は約2ヶ月という事になる。ベッフィーのデマを流すといった行動を取るとウェスターの潜入捜査に支障が、更に彼女自身に危険が及ぶ可能性が出るため彼女には行動を控えるようにとウェスターに忠告された。ベッフィーにはいずれ協力を求める事もあるだろうとウェスターは言い残し、ウェラーと共に路地裏を後にした。
ベッフィーはウェスターの話に衝撃を受けたが、捏造の可能性もあるため彼女は部下に今後も周囲の動きに注意するよう伝えた。
世間でヒカ硬化症の治療法について騒がれていた2月14日金曜日のバレンタインデーの日、ウェスターはベッフィーに再び話があると彼女を誘い、日時を伝えた。そして約束の日の2月16日日曜日の深夜、ベッフィーはウェスターと待ち合わせたカフェで彼を待っていた。約束の時間より早めに来ていた彼女はクーデターについて考えていた。ウェスターの言っていたクーデターの決行日がもし偽りだとしたら、いつ決行するのだろう。ベッフィーは腕時計型の外付け制工脳(外付け型のサイボーグ脳。人間の脳に中継器を移植するだけで使用可能になる。)をコードで中継器が移植されている耳たぶに挟んで接続し、基地の日程を調べていた。その中で次に来る行事といえば、2月18日火曜日に行われる陸軍の軍事演習だった。しかし軍事演習では一部の兵器に練習弾が使用されるため、クーデターを起こすにはやや面倒である。練習弾は演習の前日、つまり明日に入れ替えられる事から、実弾が入れられるのは今日までだ。
軍事演習の日にクーデターを起こすのは考えにくいと判断したベッフィーは引き続き基地の日程を調べる事にした。すると突如、何らかの爆音が聞こえてきた。テラス席に座っていたベッフィーは立ち上がり、辺りを見渡した。多くの通行人が何事かと道に出ると、基地の方角から明かりと煙が見えた。その煙を見てベッフィーはこの日がクーデターの決行日である事を知った。邪魔になるベッフィーを遠ざけるためか、彼女を巻き込みたくなかったのか、ウェスターとの待ち合わせは嘘だったのだ。
ウェスターを止める事ができなかった・・・
目の前の光景に動揺していたベッフィーの顔は決意に変わり、彼女は走り出す。
2月16日日曜日深夜、ウキン国東アイノス市駐留軍内反乱分子によるクーデターが、幕を開けた。
-第2話~クーデターの疑惑~ ~完~
反乱軍の目的
ベッフィーの追撃
正規軍の追撃作戦
次回-第3話~東アイノス市の反乱軍~
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